セカンドオピニオンが大切だそうです。

伊藤公紀さん *1 が論文を書いていらっしゃいました。「地球温暖化問題へのセカンドオピニオン*2 という論文です。この論文が掲載されている雑誌については、masudako さんがとりあげていらっしゃいますね。


科学技術社会論研究」地球温暖化問題特集号 -- 気候変動・千夜一話
http://blog.livedoor.jp/climatescientists/archives/1553656.html


伊藤公紀さんの記事は、大半が温暖化懐疑論の紹介に費やされています。まあ、いつもの伊藤節ですよ。


とはいえ、STS の論文です。なにか、それらしくまとめなければなりません。そこで、曰く、セカンドオピニオンが必要だ。


その通り、懐疑論者はセカンドオピニオンを用意すべきです。


とはいえ、セカンドオピニオンはよりよい決断を下すためのもの。意見を求めにきた患者に、「おまえの主治医はやぶだ」と言うだけでは、セカンドオピニオンを伝えていることにはなりません。


あ〜あ、まともなセカンドオピニオンはないのかなぁ…。

*1:伊藤公紀さんについては、気持ち^1 の方で紹介したことがあります。
http://onkimo.blog95.fc2.com/blog-entry-86.html

*2:伊藤公紀、小川隆雄、2011, 科学技術社会論研究 9, 98-111

最近忙しくてブログを書けないのが

残念です。まあ、だれに迷惑書けるわけでもないのでいいか。逆に書いた方が迷惑だという人もいそうだな。


ところで。最近、科学技術社会論 (STS) という単語について目にする機会が多くなりました。主に、ニセ科学批判に対する批判と、それに対する反発、という形でです。


原発問題に絡めて、「御用学者」「エア御用」などというレッテル貼りが横行し、ニセ科学批判を行っている人たちのアクティブな人たちの一部がこれに巻き込まれてしまいました。まあ、これだけならウェブ上で良くある騒々しい出来事でしかありません。ですが、STS の研究者の一部がこのレッテル貼りを支持するかのごとき発言をして、多くの人が驚き、反発した、というのが話の流れです。


STS の研究者に対する反発の典型例が、こちらの togetter にまとめられています。


STS批判とその周辺 -- togetter
http://togetter.com/li/208434


なんか、ややこしいことになりましたねぇ。


こんなブログを書いている私、ニセ科学批判の活動にはシンパシーを抱いています。一方で、学としての STS に期待大なのは言うまでもありません。


その私が togetter 記事に抱いた感想。それは、少数例だけから STS を使えないものとしてしまうのは、ちょっとどうかな、ということです。春日匠さんとあららさん、あと平川さんもかな、そんな少ないサンプルから STS 全体を否定するのはやめた方がいいのではないか、と。


いえ、批判については、心情的には同意します。たとえば、「エア御用」というレッテル貼りを支持するような発言をされた STS の研究者がいたのですが、その人が今後科学コミュニケーションについて何か言っているのを見ても、私は頭から受け付けないでしょう。


でも、STS だってもっといろんな研究者がいるはずです。


こちらの記事で取り上げた、「科学技術社会論研究」という雑誌の地球温暖化問題特集号では、おもしろい研究を見ることが出来ました。

地球温暖化問題の特集が
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20111007/1317992775


STS にも、地道に研究を進めている人たちもいる。ウェブで見かける少数例だけから敷衍して、STS を批判するのはまずいのではないでしょうか。


今回の、原発問題に端を発した、ニセ科学批判クラスタと一部の STS の人たちの対立ですが、この件に限っては、私には、STS の人たちに分がない、理がないように思えます。


とはいえ、私は STS 自体には期待しています。


是非、STS の方々には、今回の原発問題にまつわる様々なこと、特に、「御用」「エア御用」について論じてほしい。STS のこれまでの蓄積を元に、くっきりと問題点を明確化し、切れ味良くその原因に切り込んで、即効性のある処方箋を提示した、そんなすてきな論文に出会えれば、私は納得します。


私だけではなく、だれもが納得するのではないでしょうか。


そして、それこそが STS にできる、そして STS にしか出来ない、社会への貢献だと思うのです。

またまた裁判の

話が。


御用学者発言撤回訴訟 -- Christopher Busby Foundation for Children of Fukushima
http://www.cbfcf.org/%E8%A3%81%E5%88%A4-%E5%BE%A1%E7%94%A8%E5%AD%A6%E8%80%85%E7%99%BA%E8%A8%80%E6%92%A4%E5%9B%9E%E8%A8%B4%E8%A8%9F/


人間に影響を与えない、痕跡程度のストロンチウムが発見されているわけですが、それを証拠に「ストロンチウムは飛ばない」と言った人たちを訴えようとして、賛同者を募っていらっしゃいます。


ストロンチウムの件、僕には揚げ足取りに見えるけど、でも、「飛ばないって言ってたじゃないか」と批判したくなる人の気持ちはわからんでもない。


だけど、どーして裁判なんてことになってしまうんですかねぇ。


そういえば、温暖化問題でも槌田敦さんグループが裁判を活用されています。いわば、お家芸。どう考えても勝ち目のない無理な裁判です。気象学会の裁判は終わりましたが、東大とは未だに係争中。


で、槌田敦さんも反原発グループの方。無理筋の裁判は反原発を唱える人たちの DNA にすり込まれているのでしょうか?


まあ、さすがにそんなことはないでしょう。多くの反原発運動の方はまともに行動なさっていると思います。


とはいえ。正直、こんなろくでもない裁判騒ぎを見るとげんなりするんですよね。反原発に対して悪い印象しか抱かない。


私には、原発推進側の人が、によによとほくそ笑みながらこの裁判騒ぎを眺めている情景が目に浮かびます。反原発があきれられ、支持を失い、忘れられていくことを予想しながら。


まあ、原発推進側の人たちだってそんなに底意地の悪い人ばかりとは限らないんですが。

気づいたらページビューが 200,000

を超えていました。


二年半くらい書いていたので、普通のブログならとっくに通過していておかしくない数かもしれませんが、温暖化に特化した、別段おもしろくもないブログなので、少々驚いており、また、うれしくもあります。


相対論記事とかでページビューを稼いだことなどは内緒です。


今後も記事もだらだらとながいだけの、あまりおもしろくないブログであり続けるとはおもいますが、お暇なときにおつきあい下さい。

地球温暖化問題の特集が

科学技術社会論 (STS) の雑誌に掲載されているようです。masudako さんが取り上げていました。


科学技術社会論研究」地球温暖化問題特集号 -- 気候変動・千夜一話
http://blog.livedoor.jp/climatescientists/archives/1553656.html


筆者を見ると、江守さんや増田さんの名前が見られますね。そのほかにも住さんなど、科学者として社会に向き合ってきた人たちの名前が連なっています。一方で、懐疑論者からは伊藤公紀さん。これは興味深いですね。私の知らない名前もあります。STS 専門家の方なのでしょう。


おもしろそうですねぇ。手に入れて読んでみようかと思っています。うーん、僕のお小遣いとくらべると高いなぁ…。今月はちょっと飲み会を減らさなきゃ…。


個人的には、地球温暖化問題は科学コミュニケーションの成功例だと思います。CO2 が増えると地球が温暖化する、という科学的な事実が多くの人に受け入れられている。これ、よく考えたらすごいことですよ。二酸化炭素なんて、人の呼気に含まれる以外には、火が燃えたらでるもの、炭酸水に入っていているもの、ぐらいしかイメージのない人がそれまでは大半だったと思います。それが今は、二酸化炭素と言えば温暖化!


温暖化問題をオゾン層の話と混同している人もいますし、温暖化懐疑論もウェブでは多く見られますが、全体としてみれば、科学コミュニケーションとしては成功だと思っています。STS の雑誌で取り上げられて、詳細な分析が加えられるのはいいことでしょう。


実は、STS なんてあまりかかわりたくないなぁ、と思っていたりもします。最近、STS の人たちの tweet を見る機会があって、読んでいてかなりフラストレーションがたまったからでした。


ニセ科学批判の活動を批判しているツイートを見たためです。それも、切れ味の良い批判なら納得したと思うのですが、なんというか、ふがふが、ふごふご、という感じのツイートを見たので。*1


とはいえ、もしかしたら一部の人かもしれませんね。これだけで STS のすべてを決めつけることはしないほうが良いでしょう。それでも語っちゃう。


温暖化懐疑論を扱うブログを書いている私は、ニセ科学批判の人たちにシンパシーを抱いています。温暖化懐疑論は決してニセ科学ではないと私は思っているのですが、 *2 とはいえニセ科学批判が参考になることは大変多い。


私にとってはニセ科学批判は大変に役に立っているのです。それに対して、STS の人はニセ科学批判の人たちに向かって「そんなやり方は良くない」との批判しながら代案を提示できないように見えたのです。


なんとなく、投資家と経済学者の関係になるのかなと思いました。もちろん、投資家がニセ科学批判の人たちで、経済学者が STS の人たち。


自分のお金できったはったの勝負を繰り広げる投資家と、そのような営みをふくむ経済活動を離れたところから客観的に見て記述する経済学者は、似て非なるもの。自分の才覚であまたのニセ科学と切り結んでいるニセ科学批判の人たちと、サイエンス、テクノロジーの社会の中での役割を記述する学問に携わる STS の学者。こちらも似て非なる物なのかな、と思うのです。


そして、経済学が重要なのと同様に、STS も重要です。


でも、投資家に経済学者が口を出してもいいことはない。損をした投資家に経済学者が「ざまみろ、そんな株買うからだよ」なんて言ったら、激怒されそうです。口出ししたのに、怒った投資家に「じゃあ、どの株買えばいいんだよ!言ってみろ」と言われたら、経済学者は「…ふぁんだめんたるずが…」とか、「…ぶらっくしょーるずしきによると…」とか言うばかり。「ふぁんだめんたるずってなんだ」と問われると、「おまえは経済がわかっていない」と返す。


いやですねぇ、こんな経済学者。ニセ科学批判の人たちと STS の、たぶんごく一部だと思いますが、その人たちの関わり合いを見て、こんな状況を思い浮かべました。


さて。経済学は重要です。投資家に直接役に立つ助言が出来なくても、経済指標を開発したり、理論を打ち立てたりすれば、投資家はそのなかから重要なものを選び取って投資に役立てます。経済学者の役割は、経済を記述すること。彼自身の仕事を全うすることが、最終的には一番投資家の役に立つのです。投資家に直接助言する必要はかならずしもありません。


STS も同じだと私は思っています。科学技術と社会の関わり合いについてきちんとまとめ、記述すること。それがめぐりめぐって、社会の役に立つのだと思います。今この瞬間に役に立たない STS を dis るひともいましたが、それはちがう。象牙の塔の中で磨き上げられる STS も、巡り巡って我々に恵みを与えてくれるもののはず。私としては、胸を張って研究に励んでいただければと思います。いつかそれがわかりやすい解説を伴って社会に出てきたとき、私も参考にするでしょう。


でも、それじゃあもの足りない STS の専門家の方もいらっしるようですね。そんな人たちが、ニセ科学批判の批判をされたのでしょう。まあ、気持ちはわかりますが、あんまり生産的ではないかな。


もしどうしてもやりたければ、自分が行動すべきだと思います。経済学者が自腹を切って、もしくは資金を集めて投資するようなものですね。ターレスのオリーブ絞り器。自分の理論を証明するもっとも格好良い方法だと思います。


そう思って調べてみると、実際は、政府や地方自治体のお役人を相手に行動しておられたりするんですよね。良い意味での御用学者として振る舞っておられます。また、サイエンスショップなどの活動も、すばらしいことだと思います。プラクティカルにはいろいろあるとはおもいますが、なにより動いておられるところはすごい。


STS とは、全体的にはすばらしいのかもしれませんが、とはいえ、ニセ科学批判批判を見る限り、げんなり、という感想しか出てきませんし、できるだけお近づきにならない方がいいかな、と思っています。


なんとかならんのかね。


もうちょっと書くかもしれません。

*1:あと、御用学者 Wiki を評価している発言があったのにも大変びっくりしました。

*2:ニセ科学的な物も一部にはありますが、まあ全体としてはニセ科学と呼ばない方が良いと思う

説得力ないとかいろいろ言われましたが、

まあそれでも相対論記事を書くのは楽しかったです。温暖化ブログなので、あまり関わらないようにしたいのですが、あと一本くらい書くかもな、楽しいから。


とはいえ、私が書く必要なんかもともとなくって、ウェブにはすでに良い解説があります。そちらを参照あれ。


タキオンがあれば過去に情報を送れる しかしその条件は厳しいのだ。-- EMAN の物理学
http://homepage2.nifty.com/eman/relativity/tachyon_com.html


もちろんこの記事だけでは理解できません。この前後の記事を読んでください。


私見では、「EMAN の物理学」シリーズはウェブで見られる大学教養レベル物理学の解説中でもっともわかりやすい。相対論もそうだとおもいます。こんな風に温暖化について語ってみたいなー、って、絶対無理ですが。


これで相対論がわからなければ…。まああきらめてください。今のところ、あなたが理解できるようなわかりやすい文献はないと思います。


でも、がっかりしないでね。相対性理論は猿にも 10 才児にもわかるわけではありません。数式だけは確かに高校生レベルかもしれませんが、理解、納得が難しいのは確かです。


それに、もっとわかりやすい解説が将来出てくるかもしれません。もちろん、あなた自身が知識を増やして成長し、相対性理論を理解できる日がやってくる可能性もありますよ!

先の記事の続きです。

できの悪い記事だったので、追記が必要になってしまいました。とほほ。


私の書いた記事に、東大の先生だから信じるのか、という趣旨のコメントがありました。


おっしゃりたいことはなんとなくわかるのです。ですが、私は、東大の物理学者で評判の良い一般向けの著書があるからこそ、村山先生を選んだ産経の選択は適切だった、ということを強調したい。適切だから、産経を批判するべきではない、と。


産経の記事は、そして産経に限らず今回のニュートリノに関する新聞報道の多くは、科学報道の一般的なフォーマットに従っています。新しい科学的な知見について、発表した研究機関を明記し、その意義を (たぶん、研究機関のプレスリリースを参考に) 短く解説し、最後に第三者的な立場の専門家の、いわゆる識者のコメントを載せる。


新聞記事は短く、詳しい説明はできません。ですから、何らかの方法で記事の信頼性を保証、つまり、オーソライズする必要があります。その一つが知見の発表者自身の情報、もう一つは識者のコメントになります。


識者のコメントは、コメントの内容も大事ですが、もっと大事なのはその見かけ、つまり、識者の名前と、その肩書きです。そう考えると、東大の先生である村山さんは本当に適切です。さらに、「宇宙は何から出来ているのか」を読んだことのある人も少なくないでしょうから、この観点からも適切。


ですから、村山さんはこの記事をオーソライズするために、ベストの選択だったと思います。なにせ、相対論・宇宙論についての、最高のオーソリティの一人なのですから。


ところで、コメントする識者の選択は新聞の科学部の能力に左右されます。産経はこれまでにも膝の力が抜けるような困った選択をたびたびしてきました。たとえば、環境問題記事のコメントに武田邦彦さんとか orz


でも、今回に関して言えば、村山さんを選んだ時点で、産経新聞はすくなくとも識者のコメントに関しては合格レベル。コメントを歪曲してさえいなければ、非難されるいわれはないでしょう。*1


記事に載っているのが村山さんのコメントではなく、武田邦彦中部大学教授さんの「これで相対論は終わった、発見したのは名古屋大、東大の物理学者は科学する心を持っていなかった、誠実が一番」みたいなコメントとか、池田信夫上武大学教授さんの、今回の件にどう関係するのかわからない微妙な科学史に関するうんちくだらけのとばし気味のコメントなら、産経をぶったたいてもかまわないでしょう。そうだったらおもしろかったのにね。


非難すべき瑕疵がないにもかかわらず産経を非難することは、産経の悪しきところまで自分を堕とす行為だと思います。


いえ、自信を持って瑕疵があると言える場合は非難してもかまわないですけどね。


どうぞ、お気をつけあれ。<9/26 追記> 日経も "現代の理論物理がよって立つアインシュタインの理論を覆す大変な結果で、本当ならタイムマシンも可能になる。" というコメントを掲載しています。

http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9C93819695E0E1E2E0E58DE0E1E2EBE0E2E3E39180EAE2E2E2;bm=96958A9C93819499E0E1E2E3E18DE0E1E2EBE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

産経よりも長いコメントではありますが、産経の切り取り方が歪曲に当たるとは私には思えません。


産経記事にはちょっと首をかしげるところもありますが、村山さんのコメントに関する限り、問題ないと思います。ですから、山本さんの記事のあの部分は勇み足だと思うのです。<9/26 追記> 2カ所、手を入れました。

*1:歪曲したという証拠が見つかれば、私も考えを変えます。