もう一つ、スベンスマルク説って難しいなと

思ったことについて、お話しします。もちろん、CLOUD 実験の Nature 論文について。


詳しいことはこちらの記事に書いていますので、まずそちらをお読みください。


温暖化懐疑論者のみんな、騒ごうぜ! -- 気持ち^2
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20110828/1314536169


今回の件でウェブをさまよっていたところ、CLOUD 実験を紹介したあと、「大気は下から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏からなっている。対流圏中層より上で銀河宇宙線の影響があると確認されたということは、大気のほとんどの場所で宇宙線が影響しているということだ!」みたいな感じの記述にぶつかりました。


思わずコーヒーを吹きそうになりました。


あぶなく PC を壊してしまうところでした。みなさん、ご注意ください。ウェブには危険がいっぱいです。ウィルスだけ注意していれば、というのは甘い考えです。


いえ、ブログ主さん、正しいですよ!その通りなのですけどね。それに、スベンスマルク説は難しいので、ポイントが理解できなくても当然ですから。


どうして吹きそうになったのか。


スベンスマルク説は大気のほんの一部、対流圏の、それも下の方での話だからです。


ご存じのように、スベンスマルク説の要点の一つは、銀河宇宙線が雲を増やして、それが地球の気候に影響を与えるというところ。で、雲についてですが、スベンスマルクは「宇宙線の増加で低層雲が増える」と明確に述べています。


スベンスマルク説の前に、まず、今回の Nature 論文にはなんと書いてあったか。要旨に書いてあったのをちょっと引っ張ってくると、

We find that ion-induced binary nucleation of H2SO4–H2O can occur in the mid-troposphere but is negligible in the boundary layer.

(onkimo 注: 宇宙線によって作られる)イオンによって誘起される H2SO4-H2O 核生成は、大気の中層では起こる可能性があるが、大気境界層では無視できることがわかった。

となっている。ここでのポイントは、境界層では無視できる、ということ。


境界層って何?っていうのはちょっとややこしい話なのですが、ま、地表の影響が及んでくる範囲だと思ってください。じゃあ地表の影響ってなんだ、って話ですが、またいつかお話しできるときがあれば話しましょう。境界層とは、地表から 1000~2000 m より下のことを言います。地球の大気から見ると、地面にへばりついた小さな部分。ちなみに、境界層より上は、自由大気というすてきな名前で呼ばれています。


つまり、CLOUD の結果では、1000 ~ 2000 m 以下の雲には宇宙線は影響を及ぼさない。


それでは、スベンスマルク説ではなんと言われているか?こちらの図を見て下さいな。



雲の量と銀河宇宙線の量の関係。青は雲が地球を覆う割合の、通常の状態からの偏差、赤線は銀河宇宙線の変化。一番上の図は上層 (6.5 km より上空) の、二番目の図は中層 (3.2 km から 6.5 km の間) の、一番下の図は下層 (3.2 km 以下) の雲。
http://www.space.dtu.dk/upload/institutter/space/forskning/05_afdelinger/sun-climate/full_text_publications/svensmark_2007cosmoclimatology.pdf より引用

ごらんのように、宇宙線と関係があるのは、3.2 km 以下の雲の量だけです *1。高いところの雲は関係ない。


ですから、大気の高いところで宇宙線の影響があったとして、それはスベンスマルク説に関係ないことになります。


Nature 論文によれば 1000~2000 m より上でないと宇宙線の効果がない。スベンスマルク説によると、雲と宇宙線の間に関係があるのは 3200 m 以下。その間、約 1000~2000 m が勝負ということになるのでしょうか。このあたりの雲に宇宙線が多大な影響を与えるということか。でも、別に境界層の外に出たとたんに影響が強くなる要素があるようにも思えないなあ。このあたりの高さの雲が特に気候に強い影響をおよぼしているということか。もしそうだとしたらおもしろいのですが、私にはよくわかりません。なんか、びみょー。*2


長々と語ってきましたが、どうでしょう。私がコーヒーを吹きそうになった理由、わかって頂けましたか?


ところで、「雲が変化するのが重要だ!高度は関係ない!」とおっしゃる懐疑論者の方も多いかもしれませんね。


これもまたなんとも微妙な話です。ちょっと考えてみましょう。


地球は太陽の光を受け取って暖まり、赤外線を出して冷えています。CO2 が増えるとこのバランスが変わって地表の温度が変化するのが温暖化なのですが、それはともかく。


雲は下からやってくる地表からの赤外線を遮ります。一方で、上から宇宙に向けて赤外線を発しています。雲は上空にあるせいで、地表より温度が低い。地表からダイレクトに出ている場合に比べ、雲があると宇宙に出す赤外線が減るわけで、つまりは地球の熱を逃がさないようにする役割を果たします。これは雲の毛布効果と呼ばれている。


さて、高い雲は低い雲に比べて温度が低い。宇宙に出す赤外線が少ない。つまり、低い雲に比べて温室効果が強くなる。


もちろん、高い雲にも太陽光を反射することで地球を冷やす、日傘効果はあるんですけどね。でも、たとえば低い雲の上に高い雲がかかったような状況を考えてください。へたに上層の雲が増えると、かえって温室効果を増やしかねない。


スベンスマルクが下層の雲について話しているのも、それなりに意味があるのです。


さーて、スベンスマルク説を CLOUD は検証できるのか?人為起源地球温暖化を否定する結果は出るのか?


まだ先は長い、私はのんびり待ちたいと思います。

*1:とはいえ、この図も 1995 年までしか書かれていないのが残念なのですが…。2007 年の論文なのに…。

*2:9/2 追記。そういえば、CLOUD 論文には中層で出来た硫酸の粒子が降下して下層に影響を与えるんじゃないかなって書いてありました。スベンスマルク説と関係づけるために入れた一文じゃないかと思います。