SPEEDI 考 (2): 買いかぶられすぎの SPEEDI

昨日の記事の続きで、フェイズ 2 における SPEEDI の役割について考えてみましょう。


SPEEDI の結果が公開されたのは、3/23 のことでした。こちらにそのあたりの顛末を書いています。

http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20110325/1301048961


記事で引いている oxon さんのページには、米、DOE による航空機観測と SPEEDI の結果が重ねて書いてあります。


初めてその図を見たとき、あまりに一致しているのでおどろきました。


oxon さんのおっしゃるとおり、よく見ると違うのです。でも、私のシミュレーションに対する感覚では、これ以上をシミュレーションに望むのは無理だろう、というレベルの一致だったのです。


なぜ、こんなに合うのか。信じられない。


当時はあのプレス発表の資料しか情報が無かったので、理由は想像するしかありませんでした。放出量が見積もられていないのになぜ?同じ方向に風が吹いているのか?それならいつ放出されても同じようなパターンになりそうだ。でも、春なのにいつもいつも同じってことがあり得るのか?地形の影響でかならずあのあたりを風が通るのか?なぜなぜなぜ???


無い知恵を振り絞って考えても答えなど出なかったのですが、今になってみるとよくわかります。


なぜ SPEEDI があんなによく当たっていたのか。


それは、いろいろ計算した中からよく当たっていた結果を持ってきたから。


SPEEDI が予測できたように見えるわけ


私、かなり誤解されそうな言い方をしていますね。強調しておきますが、決して SPEEDI のシミュレーションがだめだめだとか、関係者がずるをしたとか言いたいわけではありません。


そうではなくて、放射性物質の放出量がわからないのに、あんなにぴったりと放射能分布の観測と一致するパターンが得られたのは、それなりの理由があるのだと言いたいだけです。


原子力安全委員会のページを見てもらうとわかりますが、SPEEDI の計算結果は、計算の条件によって、てんでばらばらなわけです。たくさんの結果の中から、観測とぴったり合うものを一枚だけ持ってきて、記者発表をしたということでしょう。


SPEEDI の結果は、たとえばこちら

http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/speedi/erc/speedi_erc_index.html


そのおかげでしょうか。震災後ある程度の時間が経過し、報道が出そろってくる中で、SPEEDI放射性物質の分布をかなり正確に言い当てていた、との認識が広がっていきます。SPEEDI は精密な "予測" ができる。そう思う人はたくさんいるようです。


人々は言います。放射性物質の分布は前もってわかっていたはずだ。活用しなかった原子力安全保安院は何を考えているのだ、国民に公表せず隠しているのはなぜなんだ、と。


SPEEDI は避難の役に立ったのか?


ちょっと問題を明確にしておきましょう。前の記事で、原発事故後の経過を、原子炉の大規模な損傷で致命的な被曝に対して備える時期であるフェイズ 1 と、事態がある程度コントロールされていて、これまで放出された放射性物質からの被曝に備える時期であるフェイズ 2 に分けました。


避難区域の設定と SPEEDI との関係についての最近の報道は、もっぱらフェイズ 2 における役割について述べています。いえ、マスコミ側は区別していないんですが、事実上フェイズ 2 について論じているのです。


このフェイズ 2 の件については、SPEEDI を使った予測なんてできっこなかった、と私は思うのです。結局、観測を待たねばならなかった。


フェイズ 2 の危険に対して SPEEDI の予測を用いる場合、二つ問題点があります。


一点目。SPEEDI の結果は、パターンは合っているけれど、放射線の強度は合っていないこと。放射性物質の放出量が分からないから仕方ないですね。これでは、より微妙な放射線の強度の管理が求められるフェイズ 2 の危険には適用できません。もちろん、パターンの情報からこのあたりの人に移動してもらうことになりそうだとの予測はできるのですが、最終的には十分な精度を持った観測を待たなければなりません。


もう一点。どの SPEEDI の結果を選ぶべきか、観測を待たないと決められないこと。


観測データが無いときは、いくつもある SPEEDI の結果のうち、どれが現実の放射性物質の分布を表しているかわからなかったわけですよ。そして、公表された SPEEDI の結果が現実をよく表していると言えるのも、我々が観測を知っているからなのですよ。


観測を知らずにあの資料の山を目の前にした時、あなたは確信を持ってプレス発表に使われたあの一枚を選ぶことができますか?


SPEEDI の予測が正しいと言えるのは、後知恵のおかげです。少なくとも、今回の原発事故に関しては、住民を放射能から守るための予測には役立ち得なかったのです。


あれ、私、なんだか SPEEDI が役立たずだと dis っているみたいですね。でも、そうは思っていません。


「フェイズ 2 の段階で住民の避難の方針を決める」という特定の目的には、SPEEDI 単独では役に立たないと言いたいだけなのです。観測データの方が重要で、今回のケースでは、それなしでは SPEEDI を利用することさえできない、と言っているだけなのです。


そして、SPEEDI が役立つ機会は別にあって、多分実際に役に立っている。そのことについて次の記事で書いてみましょう。