SPEEDI 考 (1): 避難区域と SPEEDI

SPEEDI についての記事をいくつか書きたいと思います。まず最初は SPEEDI と避難区域について。


SPEEDI にまつわる政府への批判でよく目にするのは、SPEEDI があったのだから、避難区域の形はおおざっぱな円形ではなく、もっと効率的かつ精密な設定ができたはずだ、というものです。


私はまったくそうは思いません。もちろん、もっと効率的にできた可能性はあるとは思いますが、少なくとも SPEEDI は関係ないでしょう。


この手の議論に出会ってなるほどと感心したことは皆無でした。どうしてかを述べたいと思います。


避難区域と二つのフェイズ


今回の原発事故における避難について考えるときには、事故発生初期とある程度落ち着いてからとを分けるべきだと思います。それぞれ、フェイズ1、フェイズ2としましょう。


事故発生当初、フェイズ1 での懸念は、原子炉が大きく破損して大量の放射性物質がばらまかれ、それによって回復不可能なダメージを負う人が出てしまうのが最大の問題でした。もしもチェルノブイリ的な事故が起きれば大量の放射性物質が降り注ぎます。数時間も滞在すると、数 Sv やそれ以上の放射線にさらされるような場所が出てくる可能性があるわけです。そんなところに残されたひとがいたら、多分、絶望的でしょう。


それを避けるために設定されたのが、円形の避難区域でした。当初小さめの区域が設定され、 *1 最終的に 20 km 以内は避難区域、つまり、立ち入り禁止区域、その外、30 km 以内は屋内待避区域と設定されました。


事故からしばらく経過し、原子炉が落ち着いた状態になった時期、フェイズ2 での懸念は、長期にわたっての被曝です。放射線を計測したデータが集まるにつれ、一年間に数十 Sv の放射線にさらされるような場所の存在が明らかになりました。


このフェイズ 2 で予想される危険について、計画的避難準備区域 *2 という新たな避難区域が設定されたのは 4 月の初め頃、放射線の分布がだいたい把握された後のことです。


このフェイズ 2 での危険は、フェイズ 1 での危険と質的に異なります。フェイズ 1 での危険は、数時間以内という短い間に致命的な被曝をするというものでした。フェイズ 2 では、数ヶ月以上、多分、年というタイムスケールにわたってじんわりと被曝し、そのせいでガンなどの疾患による死亡率が数 % から数 10 % 上がる、というものです。フェイズ 2 で受ける損害はフェイズ 1 での損害に比べると些細で、 *3 場合によっては避難のストレスの方が健康に対する害が大きい可能性さえあるわけです。


フェイズ 2 の危険に対応する場合は、より精密な被害の見積もりが求められます。放射線の危険度の分布も、パターンとしてはだいたい固定されているわけですし、円形の避難区域にこだわるのは愚かなわけです。被曝量に基づいて、メリットとデメリットを考えながら、慎重に避難の計画を練る必要があります。


いろいろと問題はあったかもしれませんが、最初は緊急かつ安全を見込んで円形の、時間がたってからは詳しいデータに基づいたより複雑な形状の避難区域が設定されるというのは、大筋では間違っていないはずなのです。


避難区域への批判


よく円形の避難区域について批判するひとがいるのですが、私はそんな人たちを基本的に信用していません。今回の件に関して、上に述べたような二つの異なるフェイズがあることをおさえて批判している場合は耳を傾けようと思うのですが、私の知る限り、そんな人は見あたりませんでした。*4


円形の避難区域を批判する、その同じ口で SPEEDI が公開されなかったことについて批判している場合はさらに信用できません *5。なぜなら、公開された SPEEDI の結果から読み取れるはずのことを無視しているからです。







一日違いの放射線分布の図。細かい説明はいいから、パターンだけじっくりと見てくださいね。全然違うでしょ。3/14 に放出された場合と 3/15 に放出された場合の飛散状況の違い。http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/speedi/erc/speedi_erc_index.html から、http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/speedi/erc/33-03142145.pdf および http://www.nisa.meti.go.jp/earthquake/speedi/erc/41-03150651.pdf より引用。<06/01 追記> うっかりしていました。上の図と下の図は縮尺が違います。両図に書かれている蜘蛛の巣状の円が実スケールでは同じ大きさ。誤解を招きやすい引用ですね。すみません。


SPEEDI のデータを何枚も見ていると、放射性物質の飛ぶ方向が時間によっててんでばらばらだと言うことがわかります。3 月という季節は安定した季節風が吹くわけでもないので、当然のことではあるわけですが、まあ、それはともかく。


言いたいのは、つまり、SPEEDI の結果を重視するならば、フェイズ 1 では円形の避難区域を設定するのが妥当だということです。*6


SPEEDI の結果が公開されても、あなた、どうせ見もしなかったでしょう、と言いたくなります。


フェイズ 2 について、浪江町飯舘村放射性物質が降ったことは、後の観測からわかったことです。迅速に対応すべきではありますが、それでも、フェイズ 1 ほどの緊急性はありません。


え、それにしても、あの SPEEDI の結果を用いたら観測を待たずにもっと早く対応できたはずだ、ですって?


そうは思いません。これについては次の記事で。

*1:半径 5km だったかな?これに関しては批判されるべきかもしれません。

*2:緊急時避難準備区域もですね。

*3:ここで些細という単語は刺激的すぎるかもしれません。バッシングを浴びそうですね。最初に謝っておきます。すみません。あくまで比較の問題と言うことで。

*4:いえ、どこかにはいると思います。

*5:残念ながら、ウェブにもマスメディアにも多数見受けられるのですが

*6:もちろん、SPEEDI の結果が無くても円形が妥当だと思います