「可能性はゼロではない」という

言葉遣いが問題だったそうですね。


「可能性ゼロではない」口癖が生んだ誤解 注水中断問題 -- 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E0E1E2E0E78DE0E1E2E7E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2


東日本大震災に関連して、事故当初、炉心冷却のための海水注入が始まったにもかかわらず、一時中断しました。これが炉心へ大きなダメージを与え、その後の原子炉のコントロールに影響を与えたと指摘されています。


なぜ海水注入を中断したのか。菅首相らの問いかけに対して原子力安全委員会斑目委員長が "「再臨界の可能性はゼロではない」と答えた" というのが理由の一つみたいです。


まあ、実際問題再臨界が起きても継続することはないし、そもそも海水注入によって再臨界が起こるなんてほんとうに低い可能性しか無いはずなのですが、それでも「ゼロではない」。で、


 可能性はほとんどなくても、理論的に少しでも起こりうるなら「ゼロ」ではない――。研究者によくある考え方と言えなくもないが、独特の言い回しが周囲の誤解を生んだ面があるようだ。


いやはや、誤解のせいで大変なことになってしまいました。


さて、科学の最先端と一般社会がふれあうところでは、こんな重大な誤解が起こる可能性は「ゼロではない」、いや、高いと私は思っています。


これ、温暖化に関係しても似たようなことがあるんですよね。2007 年の報告書で、IPCC


Most of the observed increase in global average temperatures since the mid-20th century is very likely due to the observed increase in anthropogenic greenhouse gas concentrations.


Summary for Policymakers -- IPCC WG1 AR4 Report
IPCC WG1 AR4 Report, Summary for Policymakers


と語っています。訳すとこんな感じ?


二十世紀に観測された地球平均気温の上昇のほとんどは人間活動による温室効果ガスの排出のせいだ、というのはベリーライクリー


で、very likely, ベリーライクリーというのは 90-99 % 以上、との意味だと別なところで IPCC は述べています。


これについて、IPCC は地球が温暖化していると断言しているのかそうでないのかの議論がありました。以前、こちらにシリーズ記事を書いています。


IPCC と断言 -- 気持ち^1
http://onkimo.blog95.fc2.com/?tag=%B5%AD%BB%F6:IPCC%A4%C8%C3%C7%B8%C0


日常生活レベルでは、このベリーライクリーというのは「断言」と思ってもかまわないんですよね。今回の、「臨界の可能性はゼロではない」が「海水注入に躊躇しなくてもいい」と実は同じだ、みたいな話です。


原発の話に戻ります。


科学に正直であろうとすると、可能性はゼロなんて言えないんですよね。でも、科学者以外の人からすると、この場合は「臨界の心配はいりません」と言ってもらえた方が良かったわけで。


緊急時に科学に正直であることにどれだけの意味があるのか?


それでも、私は科学に正直であるべきだと思います。今回も、問われたら「可能性はゼロではない」と答えるべきだったのでしょう。


それでは、今後、どうすべきなのか?


日経の記事はこのようにまとめてありました。


同時に首相周辺にも、専門家の発言の真意を読み取る「科学リテラシー」がもう少しあれば事態は違った展開になっていたかもしれない。


おっしゃるとおり。科学リテラシー、大事ですよね。首相周辺にそのへんの機微がわかる人がいれば、今回の問題は起こらなかったのかもしれません。


でもね、と思うのです。このような誤解が生じうる、現在の日本語というコミュニケーションツールを使っている問題はないのか、と。


"IPCC と断言" でも書いたことですが、現在の日本語は、そして多分、英語を含む多くの自然言語も、科学者と大衆のコミュニケーションに当たって大きな問題を抱えているわけです。


リテラシーの向上は必要なことです。でも、いっそのこと、科学者の言うことがきちんと伝わるように日本語を改造できないか、と思うのです。


ちょうど、明治期の先人達が、西洋の文物を取り入れるために日本語を改造したように。


この先、社会が科学者の言うことを聞かざるをえない事態はどんどん多くなってくると思います。願わくば、今回のようなトラブルが減っていきますように。