気象庁から放射性物質の拡散に
関する発表がありました。ちょっと騒ぎになっていましたね。
気象庁の発表資料
こちらが問題の資料があるページです。
環境緊急対応地区特別気象センターについて -- 気象庁
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/kokusai_eer.html*1
これ、そもそも IAEA に頼まれてやった仕事だったのでした。公開するつもりはなかったのですが、周りからやいのやいの言われて、いやいやながら出すことになりました。いやいやなので、こんな但し書きがついています。
・これらの計算結果は、IAEAの指定する放出条件に基づいて計算したものであり、いわば仮定に基づくものであって、実際に観測された放射線量等は反映されていません。
・当庁の同業務における計算の分解能は100km四方と、避難活動等の判断にとって極めて粗い分解能で行われているものであり、このため、この結果は国内の対策には参考になりません。
・国内の原子力防災については、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果が公表されています。
元のウェブページを見て頂ければわかりますが、強調はそのままです。つまり、一生懸命、「おれ、しらねーよ!IAEA に言われたとおりにやっているだけだからな!」と言っているわけです。
IAEAからの要請と当庁が作成した資料一覧 -- 気象庁
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/eer_list.html
こちらがそのうちの一つ
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/EER/eer23.pdf
汚い PDF ですねぇ。しかも、文字もなにもかも画像。検索にもひっからなさそうです。ファックスをスキャンして pdf 化したのかな?
あと、英語で書かれています。ブクマか何かで、日本語じゃないことを非難している方がいらっしゃいました。IAEA って国際機関で、今のトップこそ日本人ですが、基本的に日本語の読めない人たちの集まりです。ですから、非難するなら気象庁ではなく、世界征服に失敗して日本語を国際語とすることができなかった旧帝国陸海軍を非難しましょう。
いずれにせよ、いやいや公開した気持ちがびんびん伝わってきます。ある種の PR の傑作を見た気分。ん、PR なのか??
それでも、気象庁は中途半端に親切で、レポートのうちの一つだけに日本語訳を作っています。それがこちら。
緊急環境対応業務に関する IAEA から WMO 地区特別気象センター(RSMC)への支援要請(仮訳)-- 気象庁
http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/EER/eer_sample.pdf
読んでみるとこれがなかなか興味深い。ちょっと最初から見てみましょう。
IAEA が WMO (世界気象機関) 傘下にある、各国の気象庁に相当する機関に予測の要請をしているようです。訓練をやっていたりもするんですね。でも、今回は"緊急"。
この文面だけではどこが要請されてどこに結果を送るのか、はっきりとはわかりませんが、とにかく fax で送る必要があるみたい。電子メール全盛のこのご時世に fax というのもおもしろいですね。
次に IAEA がシミュレーションの条件を書いています。福島第一原発の位置 *2 で、2011 年 4 月 2 日に、原発の標高 20 m からその上 500 m にわたってヨウ素 131 が放出され、その総量は 1 Bq。
1Bq って!1 Bq というのは、1 秒間に 1 個のヨウ素 131 が崩壊して放射線をだす強さの放射能、ということで、ヨウ素の半減期は 8 日くらいですから、原子(!) の個数としては、むにゃむにゃ、 で、だいたい 100 万個くらい。おお。これを重さに直すと、分子量 131 をかけてアボガドロ数で割って、むにゃむにゃ、 g, つまり、0.0000000000000002 g くらいです。合ってるか?まあ、すんごい小さな量であることは間違いない。
そんな小さな放出量、どうやってはかるんですか、ってなわけで、これって当然のことながら仮想的な計算なんですよね。これが役に立つのか?役に立ちます。IAEA の中の人には。そのほか、わかっている人には。
1 Bq の放出と聞いて、「こんなに少ないのはおかしいだろう!これは実際の放出量をごまかすための値に違いない!大本営発表だ!」と怒り狂うおもしろい人が出現することを希望します。
まあ、あの予想を見て騒ぎ出すひとはいないでしょう。読めばすぐ仮想的な計算とわかるわけですし、現実的な予測だと思い込むのはかなりのおっちょこちょい。
……
あれれ、読売新聞がかっとばしていますね。
読売新聞の記事
読売は、気象庁の発表の前から香ばしい記事を書いていました。こちらです。
日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測 -- 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110404-OYT1T00603.htm
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が同原発から出た放射性物質の拡散予測を連日行っているにもかかわらず、政府が公開していないことが4日、明らかになった。
と、まるで政府が隠蔽工作をしていたかのような報じ方。
日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府の原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。
ということで、気象庁は情報を隠しやがってとんでもないやつと言いたいみたい。要請があったため、IAEA に見せるだけの資料を、業務として淡々と作っていた気象庁が、あんまり一般の役に立たない情報を自発的に公開するはずはないのですが、読売にかかると「情報開示のあり方」の問題になってしまいます。それはまあいいのですが (いいのか?)、
ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開している。
…。おいおい。ノルウェーもドイツも仮想の計算なのだから、「放射性物質が拡散する様子」の「予測」と書いちゃうのはまずいだろ。
それが 夜 9 時に 1 Bq なんですけどね www。
そして、気象庁の発表を報じた記事。
指示されて…気象庁、ようやく拡散予測を公開 -- 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110405-OYT1T00872.htm
気象庁のいやいや感を表現した、よいタイトルだと思います。でも、
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が放射性物質の拡散予測を連日行っていたにもかかわらず公開していなかった問題で、同庁は5日、拡散予測を初めてホームページで公開した。
"問題"って!
ていうか、拡散予測っていうのは違うと思うよ。*3
読売は計算条件を説明した後、懇切丁寧に図の解説を始めます。
地上への降下量についての最新予測によると、4日午後3時から72時間で放出される計1ベクレルのヨウ素131は、風に乗って南西方向に拡散。その結果、7日午前9時までに地上に降下した積算量は、東北南部から関東までは1平方メートル当たり10兆分の1ベクレル程度に薄まっていた。沖縄本島付近〜朝鮮半島南端では同1000兆分の1ベクレル、台湾ではさらに100分の1小さい値の同10京分の1ベクレルとなっている。
'最新予測'ですって!奥さん、1 平方メートルあたり 10 兆分の 1 ベクレルですって!おそろしいわねぇ!
これ、どれくらいかなあ。関東平野全体で 1 分に 1 個のヨウ素原子が爆発して放射線を出すくらいの計算になるとおもいます。怖がる人には怖がってもらいましょう。*4
がんばって放射性物質の濃度を書き記したこのパラグラフで、記者さんは一体何を伝えたかったのでしょうね?もっと別に書くべきことがあったのでは?
ちなみに、ほかの新聞はもっとまともでした。たとえば、朝日はこちら
放射性物質の拡散予測を公表 気象庁HP -- asahi.com
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104050511.html
枝野幸男官房長官が4日、公表を促していた。仮の放出量に基づいた予測で、実際の汚染状況を反映していない。放射性物質の実際の放出量などが不明なため、IAEAが放出量を仮に「1ベクレル」、放出する高度を「標高20メートル〜500メートル」などと仮定。今後72時間でどの程度飛散するかなどを、同庁が風向きなどのデータを加味して予測している。
地球規模の分布を予測しているため、予測範囲を100キロ四方と大きく区切っており、同庁は「国内の対策には役に立たないので公表していなかった」としている。色分けなどはしていないという。
日経はこちら
放射性物質の拡散予測、気象庁がネットで公表 IAEAの仮定数値使う -- 日経新聞 web 版
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E2E7E2E1938DE2E7E2E6E0E2E3E39180EAE2E2E2
。同庁は放出量がIAEA指定の仮定の数値で予測しているため「実態を反映しておらず誤解を招く」として公表していなかったが、枝野幸男官房長官が4日、公表するよう気象庁に指示していた。
また4月4〜5日までの期間で算出されている濃度分布の数値は、福島第1原発周辺でも10億分の1ベクレル秒毎立方メートルで、シーベルトに換算しても500億分の1マイクロシーベルト秒毎立方メートルとなり、「現実の数値とはかけ離れている」(同庁の担当者)。
両紙とも気象庁の言い分を述べ、資料の性格が書かれています。とくに、日経の方は丁寧に、仮想的なシミュレーション*5であることを説明しています。
まあ、"予測"と書いちゃっているところがまずいような気もしますが。記者さん、わかってはいらっしゃると思いますが。*6
ほかに説明すべきことがあるにもかかわらず、何行も費やして、10 兆分の 1, 1000 兆分の 1, 10 京分の 1 などと一生懸命に説明する読売新聞の記者は、そうとうなお間抜けさんだと思います。煽る以外は情報を書き写すことしかできないみたい。
でも、そんなお間抜けさんに全国紙の記者がつとまるとは思いません。実は知っていて書いているのではないでしょうか。たぶん「うちの読者にはこのくらいでいいだろ」と考えているのでしょう。
あーあ。