SPEEDI という放射性物質の

飛散を計算する予測システムがあるそうです。


こちらがプレス発表された資料。
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算 -- 原子力安全委員会
http://www.nsc.go.jp/info/110323_top_siryo.pdf


こちらはパンフレットです。システムについてのそこそこ詳しい説明が載っています。

緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム SPEEDI
http://www.bousai.ne.jp/vis/torikumi/download_data/speedi.pdf


さて、この結果、公開するまでにいろいろあったみたいです。プレスリリースの pdf ファイルを読むと、公開が遅れた理由について、原発の計器が壊れたせいで放射性物質の放出量がわからなかった、海風になったので陸側に飛んできて不十分ながらも推定できるようになったので、公開した、とのこと。


私の邪推ですが、もともと委員会側は発表したくなかったのではないでしょうか。そして、周りの圧力で渋々公開した、と。


これなど、圧力の例ではないでしょうか。

SPEEDI、公開できませんっ!? -- 河野太郎公式サイト
http://www.taro.org/2011/03/post-957.php


文科省のどたばたぶりが見えておかしい、政府を批判するにはちょうど良いエピソードですね。とはいえ、河野さん、そして自民党には、せっかくデータをゲットしたのだから、有効に使う責任があります。使えるかな???


さて、なぜ渋ったのか。結果が悪かったとは思いません。こちらに観測と比較していらっしゃる方がいらっしゃいますが、SPEEDI、かなりがんばっているな、と私には思えます。


SPEEDI の推定値と米国エネルギー省の推定値を比較してみた -- 宇宙線実験の覚え書き
http://d.hatena.ne.jp/oxon/20110324/1300954573


また、決して情報を隠蔽するためだともおもいません。


たぶん、公表された際の弊害を懸念しているのでしょう。シミュレーションの結果を読むには専門知識が必要なのです。


このシステム、MM5 *1という非静力学領域モデルで気象庁のデータを外部境界条件に 2 km 格子で風の場を予報し、その風の場を 500 m 格子に補間して放射性物質の移流計算を行い、最終的に 250 m 格子に直して放射性物質の分布を得るようになっています。


…。私の言っていること、わかりますか?もしわからない人、あなたがシミュレーションの結果を見るのは危険です。見るなとは言いません。でも、そこから間違った情報を引き出す可能性が高いと思います。


そのほかにも、結果を解釈する上で押さえておきたいことはたくさんあります。どうやって放射性物質の排出量を (時間の関数として) 見積もったのか、とか、雨に打たれるなどして地表に落ちる仮定はどのように計算されているのか、とか。それを知らないで結果を解釈するのは、非常に危険なのです。


シミュレーション結果の読み方


ちょっと極論を言わせていただきますが、私は答えを知らない問題に対してシミュレーションを適用するのは大変危険だと思っています。シミュレーション結果をがどのくらいあっているのか、どのくらい間違っているのか判定する基準がないからです。


シミュレーションとは絶対に現実を忠実に再現できないのです。入力データに間違いがあれば合わないし、SPEEDI だと 2km の格子で風を計算しているのでそれよりも小さな渦みたいな現象は計算できない。放射性物質も 250 m の格子で計算してるけど、250 m って実生活で考えるとけっこうあらいですよ。しかも、やっぱり風は 2 km の格子だし *2。そして、放射性物質の発生に関しては、今回で言うと、「えいやー」で発生量を与えているわけです。「厳しめの値」とか言う言葉で語られているようですが、「えいやー」だと思ったほうがいい。


ですから、結果はそのままでは信用できない。そこから意味がある結果だけを引き出して、間違ったことを言わないようにするためには、そう、答えを知っておく必要があるわけです。


今回の結果でも、地形や風向きから考えて北西に飛散したんだろな、とか、このくらいの粒径の放射性物質を与えたからこの程度飛散するだろうな、とか、シミュレーションをやる人はある程度の予想を持っていないとうまくいかないのです。そして、結果を参考に対策を考えるグループの中では、その予想を大なり小なり共有できていなければなりません。それでこそ初めてシミュレーションが生きてくるのです。


え、答えを知っているならシミュレーションは役に立たないんじゃないか?


まあ、答えを知っているっていうのはちょっと言い過ぎですね。ある程度の見積もりはできている、ぐらいにしましょうか。そして、シミュレーションの結果は、そのある程度の答えを明確にしてくれます。脳内にあった絵をディスプレイの上に等高線で書き記してくれます。人とディスカッションする上で共通のイメージを与えてくれます。


ただし、明確にしてくれるだけで、正しくしてくれるとは思わない方がいい。シミュレーション結果を奉るのは愚の骨頂です。


まあ、馬鹿とはさみは使いよう、ということなのです。使いこなせる人だけがシミュレーション結果を使うべきなのです。使いこなせない人が扱うのは有害無益です。


朝日の社説


シミュレーションを読む能力のなさが如実に現れているのが、朝日新聞のこちらの社説です。


放射能と避難―予測生かし、きめ細かに -- 朝日新聞社
http://www.asahi.com/paper/editorial20110325.html#Edit1


まず最初に、10 日たってようやく SPEEDI の結果が出てきたことについて触れています。遅きに失したと言わんばかり。そして、


現在、第一原発から半径20キロ圏で住民が避難している。だが、その外側の屋内退避域である30キロ圏やさらにその外も含めて一部のところでは、放射性ヨウ素により、住民が甲状腺に100ミリシーベルトを超える被曝(ひばく)をするおそれがあるという。


原子力安全委員会はそんなこと一言も言っていません。この計算結果はあくまで試算であり、記者会見では委員長はちゃんとこう言っています


だが、それでも納得がいかないのは「非常に厳しい条件を想定した。ただちに対策をとる必要はない」という班目委員長の見解だ。


シミュレーションした人がそう言っているのです。納得いかないならシミュレーション結果は見ないでください。


社説子はこうも書きます。


 こうした予測で厳しめの仮定をするのは当然のことだ。そのうえで被曝量を見積もったら、それが指針にある目安を超えた。それなのに「ただちに対策をとる必要はない」と言われたら、なんのための試算か目安かと戸惑う。


戸惑うのはシミュレーションを読む能力に欠けている証拠です。実測値ではないと言うことを理解していないのではないでしょうか?


それならば、急いで考えるべきは、円形にこだわらない避難域の設定だ。測定値や予測値を生かして、でこぼこや飛び地でも必要な地域を定め、子どもや妊婦のように優先度の高い人に遠くへ移ってもらうこともありうる。


そりゃ確かに望ましいですよ。


でも、この社説子のように物をわかっていない人間が SPEEDI を用いたらどうなるか?やばい、ヨウ素131 に 100 mSv 以上さらされてるよ、この範囲にすんでいる人間は全員避難だ!とかなって、避難のパニックになるでしょう。


それよりまずいのは、SPEEDI放射性物質があまりこない範囲の住民を避難させず、結果的にその地域の多量の被曝が起こってしまうことです。


SPEEDI の結果をふまえた上で、円形の避難域を設定するのは至極妥当だと私は思います。


 科学技術がからむ災害に混乱なく立ち向かうには、専門家とそうでない人々との信頼関係が欠かせない。


こんな社説を書く人は信頼できません。朝日の社内にちゃんとシミュレーションの結果を読める、専門家から見て信頼できる人物はいないのでしょうか。


スピーディは、放射性物質がどちらに飛ぶかを刻々予測するためにつくられた。場所を絞り、時を選んで、避難を促すための強力な道具なのだ。


これを生かさぬ手はない。


おっしゃることはごもっとも。確かに強力な道具ではあるのです。


でも、この社説子のごとく勘違いしている人間が "生かそう" とすると、大変なことになりそうです。


自分の能力を超えたデータを要求するのは間違いです。そんなデータを読むのは無益なばかりか、時に有害でさえあります。デマをたれ流しているのと大して変わらないこの社説がその例です。


"戸惑う"ような人に、シミュレーションの結果を見てほしくありません。冷静な判断の材料として見るものなのです。そして、実際に関係者間ではそのように使われていると思いますよ。


情報を出すのが遅いと非難するのは結構、放射能の値を見ておびえるのも結構。


でも、シミュレーションの情報を出すのが遅いと社説子のような人がぶーたれているのを見ると、あほか、と思います。要求するなら観測で得られた情報を要求すべき。*3また、シミュレーションの結果を見ておびえるのはおろかです。パニックに陥るのは実際に測定された結果を見てからで十分です。


朝日新聞ほどの大マスコミが、きちんとシミュレーションの結果を取り扱えない。今回の原発に関する混乱の原因はこんなところにもあるのだと思います。ほんと、科学部とかにもののわかっている人はいなかったのだろうか???<追記>
こちらで反省してみました。

反省文
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20110329/1301369515

*1:MM5 を使っている、というのは mokkei1978 さんに教えていただきました。

*2:より小さな現象の効果を取り入れるための工夫はなされています。でも、そこから不可避的に誤差が発生するのです

*3:まあ、観測データを読むのにも本当は専門知識が必要なのですが