浜の真砂は尽きるとも、世に懐疑論の

種は尽きまじ。


温度差の激しいこの頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか、最近忙しくて更新が滞っております onkimo です。


でも、私が更新するしないに関係なく、世の中には懐疑論が出回っているらしいですね。そうです、SSFS さんと nytola さんです。


クライメイトゲート事件の最新事情(119) -- マイナスイオン監視室
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835549&tid=a1va5dea5a4a5ja59a5a4a5aaa5sa1w4fbbkbcbc&sid=1835549&mid=3923

クライメイトゲート事件の最新事情(120) -- マイナスイオン監視室
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835549&tid=a1va5dea5a4a5ja59a5a4a5aaa5sa1w4fbbkbcbc&sid=1835549&mid=3924


SSFS さんによると、

harusantafeさん (onkimo 注、id:nytola さんのこと)、最近は絶好調でネタをたくさん見つけてくるので、一度には書ききれません。(120)に続く。

だそうで、懐疑論が盛り上がっている模様、ご同慶の至りです。

とはいえ、あまりに派手に活躍なさる SSFS さんを見て、中には苦々しく思う方もいらっしゃるようです。たとえば、

明らかにトピック違いのものを大量にコピペすることをどなたか望んでいるのでしょうか。適切な場を選べば需要もあるのでしょうが。

という批判がこちらにあります。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835549&tid=a1va5dea5a4a5ja59a5a4a5aaa5sa1w4fbbkbcbc&sid=1835549&mid=3926


でも…、どうでしょうかね。


nytola さんのオリジナルのツイートならともかく、SSFS さんのコピペには、需要はないんじゃないかな、と思います。いえ、私には需要があるんですよ。エリート科学者 nytola さんのツイートの中から SSFS さんのマイナスイオン脳が面白いものを選りすぐってくれるので。でも、SSFS さんの発言を聞きたい人なんて、他にいるか???


SSFS さん、どうぞ、がんばってください。私のために。


とはいえ、それも私の都合。マイナスイオントピで温暖化の話は場違いもいいところ。SSFS さんに文句をつけたくなるのもよーくわかります。


さて、今回取り上げるのはこのツイート。


・最近脚光を浴びている03年の論文、広大の小澤准教授。熱力学第二法則と矛盾する温室効果を無視すると、地球の気候(熱収支)を単純明快に説明できる。IPCCの『温室効果は太陽光の2倍も地球を暖める』との主張を真っ向から否定。


http://www.agu.org/journals/ABS/2003/2002RG000113.shtml


愕然としました。広大の小澤准教授が、温室効果を真っ向から否定 !


そんなわけないでしょう。こんなこと書かれたら、小澤さん、激怒すると思いますよ!nytola さん、反省してください!!!



ウソです。私の知っている *1 小澤さんは大変穏やかな方なので、激怒することはないと思います。苦笑いぐらいじゃないでしょうか。


問題の論文ですが、面白いので手に入る人は是非読んでください、と言いたいですが、そこそこ難しい論文なので、ちょっとおすすめするかどうか躊躇するところ。この論文です。


Ozawa et al, 2003, THE SECOND LAW OF THERMODYNAMICS AND THE GLOBAL CLIMATE SYSTEM: A REVIEW OF THE MAXIMUM ENTROPY PRODUCTION PRINCIPLE, Reviews of Geophysics, 41, 4-1, doi:10.1029/2002RG000113


タイトル、"地球の気候と熱力学第二法則: 最大エントロピー生成原理のレビュー" のお言葉通り、真っ向から熱力学の第二法則に向き合った論文です*2


ちょっと解説しておきましょう。エントロピーとは、時間に対して常に増えていく、という不思議な量。エントロピーの増加に関して、よく、コップの中の水と砂糖が混ざり合うとか、室温に置いておいた氷が溶けてしまうとか、そんな例が挙げられます。氷という冷たいものが室温にさらされて溶ける、というのはエントロピーが大きくなっていく過程。


エントロピーが低い状態では、氷という冷たいものと部屋の空気という暖かいもののコントラストがありました。それが、エントロピーが大きな状態では、二つの温度が混ざり合ってしまったのっぺらぼうな状態になっているわけです。


ところで、エントロピーが下がっているように見える現象もあるわけです。たとえば、冷蔵庫。冷蔵庫のスイッチを入れると、最初室温と同じだった庫内の空気はどんどん冷えていきます。コントラストが発生するわけですね。


でも、これは見かけだけのこと。どこか離れた発電所で、石油なりウランなりを燃やして得られた高熱を比較的温度の低い空気に放出して混ぜ合わせることで、巨大なエントロピーの増大が起きています。その電気を全部冷蔵庫に使っても、冷蔵庫で減るエントロピーの量は、発電所が生み出すエントロピーの量にはかないません。


エントロピーに関しては、物理学の巨人、シュレディンガーが生物と絡めて次のようなことを言っています。書くのはめんどくさいので、Wikipedia から引用しましょう。

またシュレーディンガーエントロピー、そして生命現象の本質についても考察している。エントロピー増大の法則が示すところによれば物体は崩壊を経て平衡状態に至る。しかし生物は平衡状態にはならないことについてシュレーディンガーは生物が生きるための手段として環境から「負エントロピー」を絶えず摂取しているためだと説明する。つまり生物が生存することによって生じるエントロピーを負エントロピーによって相殺することでエントロピーの水準を一定に保持しているのである。この事態はエントロピー増大の法則が開放されたシステムにおいては成立しないことを示しており、平衡状態とは別種の安定が成り立つとシュレーディンガーは述べている。

wikipedia:生命とは何か


エントロピー、なかなか面白い概念なのです。


ところで、地球を見ていると、エントロピーががすがす増えているようには見えないわけですね。ほおっておいたら北極と赤道の温度差がなくなるか、とか、ジェット気流が遅くなるか、とか、そんなことは起きません。それどころか、穏やかなところに台風の種が生まれてどんどん成長して巨大な渦になるとか、見かけ上エントロピーが減っているようなことが起きているわけです。


ある意味、生物に似てますね。


理由は、これも生物同様、地球が閉じた系ではなく、"負のエントロピーを摂取している" から。太陽の光という比較的エントロピーの低いエネルギーをもらって、赤外線という比較的エントロピーの大きなかたちで宇宙にはき出しているのが地球です *3


一方、宇宙という閉じた系の中では、エントロピーは増大し続けています。その宇宙の中で、地球は低エントロピーの光子を吸収して高エントロピーの光子に変えて出している。つまり、エントロピーを生産しているのです。


そして、ローレンツ *4 が予想を立てました。「気候というシステムは、もっとも効率よくエントロピーを生成するようにできているのではないだろうか?」


これ、「だから、何?」っていう人と、「おお、面白い!」と思う人と二つに分かれると思うんですよね。


私は面白いと思うタイプです。どうしてか。エントロピー生成が最大、というのは、気候というシステムの詳細に全く関係なく成り立ちうることです。どこをジェット気流が流れていようが、北大西洋でどれだけ冷たい水が深層に沈もうが、そんなこと全く関係なく成り立ちます。


そして、この原理を用いて、いろんなことを説明できる可能性があります。たとえば、地球の気候としてエルニーニョがある状態とない状態を取る可能性があるとしましょう (以下、エルニーニョ云々に関してはまったくの妄想です。雰囲気だけを感じ取ってください。)。もし、エルニーニョ、正確にはエルニーニョラニーニャを行き来する変動、がエントロピーを効率よく生成しているとしたら、地球の気候システムにエルニーニョが発生するのは必然的だ、と、こんな風に結論づけることができるわけです。


今はエルニーニョはとあるメカニズムで発生している。でも、たとえば南アメリカの位置や海岸線の形、インドネシアあたりの地形が変化したとしたら、現在のメカニズムは働かないかもしれない。それでも、エルニーニョエントロピーを効率よく生成して、しかも、エントロピー生成最大の予想が正しければ、形を変えたエルニーニョが発生するはずだ、みたいなことが予言できるのです。


この手の説明、なかなか強力です。たとえて言うなら、エネルギー保存則のようなもの *5。「これは永久機関です」という人がいたら、たとえそれがどんな仕組みの機械でも、それがウソだと一発でわかる。エントロピーについても、気候の細かな仕組みの理解抜きにずばっとなにかを説明できる可能性を秘めているわけです。


どうですか、面白いと思いませんか?


とはいえ、地球の気候とエントロピーについては、まだまだ理解は不十分。


小澤さんのレビュー論文の結論は、エントロピー生成最大予想に対して、今のところそれを否定するような結果は、観測的にもモデル計算においても見つかっていない、でした。このエントロピー生成最大予想、まだ証明されたとは言えませんが、有望である、とまとめれば良いでしょうか。


なお、ちょうどこのあたりのことが kikulog のこちらの記事のコメント欄で、masudako さんのコメントを皮切りに議論されています。いえ、masudako さんの問題意識にこのあたりのことがあるのだと私が想像しているだけですが。


熱力学についての小文・テキスト -- kikulog
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1274253650#CID1288000831


さて、nytola さんのおっしゃることですが、ちょっと長くなったので次回へ。

*1:いえ、そんなに深く存じ上げているわけではありません。昔、ちょっとだけ挨拶程度の会話したことがあるだけです。

*2:なお、この論文はレビュー論文です。これまでに出版された論文を集めて、現在の認識を書き記したものです。さらに、Acknoledgement には masudako さんの名前があります。

*3:このあたり、耳学問で書いています。手を動かして計算したわけではありません。エントロピー大好き人間というのはこの世の中にかなりの数がいらっしゃいますが、ちゃんとこの辺の計算ができる人、そんなに多くなさそうです。

*4:カオス理論で有名な人。ローレンツアトラクターって聞いたことあります?バタフライ効果としてよく引き合いに出されます。

*5:あ、あと、熱力学の第二法則も必要でしたね。