id:nytola さんと SSFS 大先生、

非常に良い関係を築いておられるようです。


nytola さんの記事にSSFS さんがコメントを書かれています。
http://d.hatena.ne.jp/nytola/20100708/1278644370#c1279731083

はじめまして。nytolaさんのリポートを大変興味深く読まさせていただきました。ニセ科学方面で調査しているSSFSと申します。この5年ほどはマイナスイオンについてあらゆる観点から調べており、結果をヤフー掲示板に書き止めています。現段階ではマイナスイオンニセ科学扱いしている大学人らはまともな知見も持ち合わせておらず、ただ先入観によってマイナスイオンを否定しているという認識を持っています。


面白いことに、そのニセ科学批判者たちは温暖化懐疑論にはまったく耳を貸そうとしません。ニセ科学とは「科学を装いつつも科学ではないもの」というもの。人為的温暖化論はかなり危ない橋を渡りつつあるのに、ニセ科学批判者たちはそこを検証しようとせず、IPCCにすり寄ったものの見方を示しています。非常に面白い現象だと思います。<後略>


これに対して nytola さんの返答
http://d.hatena.ne.jp/nytola/20100708#c1279773895

SSFSさん、

私もマイナスイオンはプラシーボかエセ科学のような気がしていましたが、確かによく調べたわけではないです。いつか時間があるときにでも勉強してみます。


Yahooの掲示板を見させて頂きましたが、温暖化にまつわる疑惑について随分とアンテナを張り巡らしていますね。マスコミが報じないのなら、日本でも誰かがBlogで随時、最新の情報を発信する必要があると思います。<後略>


日本におけるネット懐疑論業界の二大「大先生」が出会った瞬間。ステキです。ステキすぎます。


そして、現在では nytola さんのつぶやきを SSFS 先生が選りすぐって掲示板「マイナスイオン監視室」にアップするという流れができています。私、SSFS 先生の眼を心から信頼していますので、非常にありがたい。nytola さんが多数発信する中から、SSFS 大先生のフィルターを通って出てきた懐疑論は大変に興味深いものばかりです。


たとえば、SSFS 大先生はこちらの記事で、nytola さんのつぶやきを取り上げておられました。

クライメイトゲート事件の最新事情(その86) -- マイナスイオン監視室
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835549&tid=a1va5dea5a4a5ja59a5a4a5aaa5sa1w4fbbkbcbc&sid=1835549&mid=3695


この中から、nytola さん (twitter では harusantafe さんと名乗っておられます) の つぶやきを一つ取り上げてみます。
http://twitter.com/harusantafe/status/22462337081

気候変動の97%はCO2が原因、と断定したIPCC。『ちゃんと調べたら太陽活動だよ』と主張するJean-Louis Le Mouelらの最近の論文。太陽磁場が地球の天候や気候を左右しているとのこと。 http://bit.ly/9g8nSW


おお、IPCC とのいうことと矛盾する結果が得られたのですね!私としてはおろおろするばかり。


ということで、nytola さんのつぶやきをちょっと詳しく見ていきましょう。


IPCC の言ったこと


まず "気候変動の97%はCO2が原因、と断定したIPCC"。これ、なんなんですかね???IPCC の第一作業部会の Summary for Policy Makers (SPM) には、次のように書かれています。


Most of the observed increase in global average temperatures since the mid-20th century is very likely due to the observed increase in anthropogenic greenhouse gas concentrations.[12] This is an advance since the TAR’s conclusion that “most of the observed warming over the last 50 years is likely to have been due to the increase in greenhouse gas concentrations”. Discernible human influences now extend to other aspects of climate, including ocean warming, continental-average temperatures, temperature extremes and wind patterns (see Figure SPM.4 and Table SPM.2). {9.4, 9.5}

私訳

20 世紀中頃以来観測された地球平均気温上昇の多くの部分は人為起源の温暖化ガス濃度の増加による、というのが "very likely"。これは、第三次評価報告書における「この 50 年の温暖化は人為起源の温暖化ガス濃度の増加による、とうのが"likely"」との結論よりも前進した。人間活動の影響はそのほかにも海洋の温暖化や大陸上の平均気温の上昇、極端な温度の出来、風のパターンなどで明らかになっている。


気候変動の原因は 97 % という発言はここからは見えないのです。強いて言えば "very likely" という単語にパーセンテージがらみの意味が込めてあるのですが、そのことをいっているのか?それとも、"Most" に含まれているのかな?はたまた、膨大な IPCC 報告書の別などこかに書いてあるのかな?


いずれにしても、nytola さんの IPCC レポートの読み込みはすばらしく、この例に限らず私の知らないような情報がつぶやきやらブログやらにぽんぽん出てきます。


Le Mouel 達の言ったこと


つぶやきの次の部分、"『ちゃんと調べたら太陽活動だよ』と主張するJean-Louis Le Mouelらの最近の論文。太陽磁場が地球の天候や気候を左右しているとのこと。 "


nytola さんが短縮 URL で引いている元記事はこちらですね。
http://www.nipccreport.org/articles/2010/aug/19aug2010a7.html


これはこれで突っ込みどころ満載記事ではあるのですが、それよりも、Le Mouel 論文自体を見てみましょう。

Solar forcing of the semi‐annual variation of length‐of‐day -- JGR *1
http://www.agu.org/pubs/crossref/2010/2010GL043185.shtml (アブストラクト)
http://www.agu.org/journals/gl/gl1015/2010GL043185/2010GL043185.pdf (ログインが必要もしくは有料、かな?)


「気候変動の原因がちゃんと調べたら太陽活動だよ」と nytola さんが紹介した論文にしては、"半年周期を持つ一日の長さの変動に対して太陽活動が及ぼす影響" なんていうタイトルがついていて不思議です。なぜ自転???ちょっと背景知識を語りながら見てみましょう。


一日の長さって、実はちょっとずつ変動しているんですよ。一日の長さって、だいたい 23 時間 56 分 4 秒くらいなんですが *2 、その長さは微妙に伸び縮みしているのです。こちらのページを参照してください。


地球の自転の遅れ -- はまぎんこども宇宙科学館/(財)横浜市青少年育成協会
http://astro.ysc.go.jp/earth-rot.html


こちらからグラフを借りて参りました。



縦軸は一日の長さの、ある基準値からの変化。横軸は年。どうですか?一日の長さがずいぶん激しく変化していますね。でもご安心あれ、縦軸の単位はミリ秒です。普通の人間は気付きません。


この変化が何を意味しているかについて考えてみましょう。


物理学で、角運動量保存の法則というのが知られています。ある軸の周りをくるくると回転している物体について「角運動量」が計算できます。これは、速くまわればまわるほど、また、回転軸から遠くなれば遠くなるほど大きくなる量です。で、角運動量保存の法則とは外からの影響を受けない限りこの角運動量が変化しない、という法則です。wikipedia:角運動量保存の法則をご参照あれ。


地球の自転軸の周りを回っているのは地球自身と月です。ですから、月が遠ざかると月の持つ角運動量が増え、そのぶん地球の持つ角運動量が減ることになります。つまり、自転が遅くなる。また、地球の大気は全体的には大まかにいって西から東に動いているのですが、このスピードが速くなると大気の角運動量が増え、つまりは地球自体の回転速度が遅くなることになります。


つまり、地球の自転周期が遅くなるということは、なにか別のものに角運動量が渡されると言うこと。渡されたものが速く動いたり、または地球から遠ざかったりしているということを意味しています。


地球の自転周期は、基本的に月の潮汐の影響で長くなりつつあります。つまり、地球の角運動量潮汐のせいで月に渡されていると言うこと。くわえて、地球内部の物質の移動で数十年程度のスケールの変動があります。図で見えている大きな変化はこれかな。もっと短いところでは、半年の周期の変動があります。図でぎざぎざと見えているのがそれです。これは、大気の影響、つまり、大気が東向きに動く速度が速くなったり遅くなったりしている、ということのようです。


Le Mouel の論文は、この図のぎざぎざ、つまり半年周期の変動を扱っています。そして、この変動は大気の流れの変動を反映している。自転と気候 (?) が結びつきました。ようやくここで背景知識の説明が終わりです。


で、半年周期の変動ですが、その振幅が変化しています。ぎざぎざの上と下の差が大きくなったり小さくなったりしているのです。


そして、この変動が、なんと11 年周期!これ、太陽の黒点数の変動と同じ!さらに、太陽の変動と半年周期の振動とは一年のずれがあるのですが、太陽そのものの代わりに銀河宇宙線と比較すれば、さらによく一致!そうです。スベンスマルクです *3!!!


どうですか、ぎざぎざをよーく見てくださいね。わかりますか、11 年周期が。わかりませんよね。これは、下の図を見てもらうしかありません。



この図は Le Mouel らの論文に出てきた図です。図 a の青線は、一日の長さの半年周期変動の振幅、赤線は太陽の黒点数を表しています。図 b は、図 a の青線からトレンドをさっ引いたもです。青線の右端と左端の高さが似たような値になっていますね。図 c は、図 a の赤線、黒点数の代わりに、地球に降り注ぐ宇宙線の強さを描いたもの。Mouel 達はこの図 c の赤線と青線がよく一致していると主張しています。


IPCC 論文と Mouel 論文の関係


さて、この論文と IPCC レポートとの関係について考えてみましょう。IPCC が人為起源の気候変動について議論しているのは、この数十年間、上昇傾向にある気温のことについてです。もしこれが地球の自転に現れるなら、それは振動ではなく、一日の長さが長くなるなり短くなるなりの一方向の効果としてあらわれることでしょう。一方で、Le Mouel 達の解析は、地球の自転速度 (つまり、一日の長さ)の半年周期の振動の振幅という量の解析です。


つまり、IPCC が人為起源の温暖化について述べていることと Le Mouel らの研究とはほとんど関係がない。


懐疑論の方はそれでも「IPCC は太陽活動の気候への影響を否定している。Le Mouel らの論文はそれに対する反証だ」なんて言いそうですね。


私の知る限り、IPCC 側の姿勢は太陽活動について「よくわからないけど今のところ太陽活動が近年見られる温暖化にたいして大きく寄与しているという強い証拠は見あたらない」というところ。スベンスマルク説もその扱いですね。


決して「否定」ではありません。「わからない」のです。今回の論文の結果を IPCC が頭から否定することはないでしょう。それに、今回の研究成果は太陽活動と温暖化の関係を述べたものでもない。だから、温暖化への寄与について強い証拠がないという点が覆されたわけでもない。


まあ、IPCC のいっていることと矛盾はしないのです。


nytola さんが本当に言いたかったこと


矛盾は無い?なんだって!nytola さん、嘘言っていたのか!!!


そう思って、ツイートをよくよく見てみると、二つの項目が並んでいるだけで決してお互いが矛盾するなんてことは言っていない。なんと!


いやぁ、うまいですね、うかつに読むと足下をすくわれます。多大な裏読みが必要ですね。だけど、これは多分 twitter の字数制限のため、多くの文言を削ったためでしょう。nytola さんが本当に言いたかったことを再現するとこんな感じか。


気候変動の97%はCO2が原因、と断定したIPCC。『ちゃんと調べたら (地球の一日の長さが半年周期で 1000 分の一秒程度変化しておりこれは大気が原因だと考えられるのだけど、その半年周期変動の振幅が 11 年周期で変化していて、これは太陽活動の影響と考えることができるので、ひいては) 太陽活動 (が地球の大気の角運動量の振動的な時間変化に何らかの影響を与えている証拠) だよ』と主張するJean-Louis Le Mouelらの最近の論文。太陽磁場が地球の天候や気候を左右しているとのこと (ま、温暖化とは別に関係ないんだけどね)http://bit.ly/9g8nSW(なお、この二つはたまたま同一ツイートに存在しているだけで、IPCC と Le Mouel らの論文が対立しているわけではない)


ちゃんとインパクトのある部分を残し、無駄な部分を切り取っています。頭いいと思いました。だてに多くの読者に支持されていない。


そして、このツイートを取り上げた ssfs さんの嗅覚もすばらしいと思いました。名コンビですね!


追記


Le Mouel らの論文、半年周期の変動を扱っているので、一日の長さが長くなっていくというトレンドを抜いて議論しています。この方法だと本文でもちょっと触れたように温暖化のシグナル存在しても取り除かれているわけです。


いえ、Le Mouel らがインチキをやったと言いたいわけではありません。彼らの結果は充分におもしろく、論文に値します。


そうではなくて、もしかしたら、温暖化が地球の自転に影響を与えているかもしれません。たとえば、地球の大気が膨張することで慣性能率が増えて大気の角運動量が増加し、結果、地球の自転が遅くなる、とか。でも、Le Mouel の方法ではそんなトレンドは取り除かれている。


自転に対して温暖化が与える影響が出てきたら面白いですね。研究、あるかな?まあ、地球の自転は月の影響で温暖化に関係なく遅くなっているので、実際に検出するのは難しいと思いますが。


もちろん、Le Mouel の結果から「地球の気候変動は人為起源温暖化ではなく太陽活動の影響である」ということを言いたいのなら、自転における温暖化の影響と今回得られた結果を比較しなければなりません。でも、nytola さんはこのあたりは華麗にスルーしておられます。さすがです。

*1:Le Mouel, J.L. et al, 2010, JGR, 37, L15307, doi:10.1029/2010GL043185

*2:24 時間じゃないのは、恒星時を考えているから。wikipedia:恒星時

*3:じゃあ、なんで銀河宇宙線が半年周期の変動を引き起こすのかについてはほとんど触れていません。まあ、4 ページの短い論文なので、当たり前ですね。