IPCC の報告書に大量の

査読されていない論文が採用されていた事件。武田邦彦さんが渡辺正さんの言葉を引いて紹介されていました。


武田邦彦さんがまた
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20100608/1276010507


この記事はその続きです。


元ネタはこちら


UN's Climate Bible Gets 21 'F's on Report Card -- noconsensus.org
http://www.noconsensus.org/ipcc-audit/findings-main-page.php


実際にどうなのか、見ていきましょう。


まず見ていくのは、第一作業部会 (WG1) 報告書第 6 章。見ていただくとわかりますが、基本的に WG1 の報告書は査読文献をベースにしているものが多いようで、noconsensus.org の記事でも B 判定より悪いのはつけていません。まあ、当たり前だと思います。WG1 に関係する研究はほとんどアカデミズムの中で閉じているのでね。


とはいえ、それでも、査読されていない論文が見つかるのです! これは非難されるべきでは!!!


彼らの判定結果はこちらを見てください。

Working Group 1, Chapter 6 of the 2007 IPCC report -- noconsensus.org
http://www.noconsensus.org/ipcc-audit/2007/WG1chapter6-C.html


IPCC の報告書はこちら

Palaeoclimate -- IPCC AR4 WG1 chapter 6
http://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar4/wg1/ar4-wg1-chapter6.pdf


noconsensus.org の結果では、査読ありとおぼしき文献は黄色でハイライトされています。それ以外の文献にはチェックが付いていない。


どんな文献が査読なしとされたか、見ていきましょう。最初に出てくるのは、

Alverson, K.D., R.S. Bradley, and T.F. Pedersen (eds.), 2003: Paleoclimate, Global Change and the Future. International Geosphere Biosphere Programme Book Series, Springer-Verlag, Berlin, 221 pp.

これはこちらの本です。
Paleoclimate, Global Change and the Future (Global Change - The IGBP Series)


IGBP とは何か。 International Geosphere-Biosphere Programme (地球圏−生物圏国際協同研究計画) の略称で、世界の生物地球科学関係の研究者が集まってみんなで話し合いながらいろんな、一人ではできないような研究をしていきましょうという団体。詳しくは次のページをごらんあれ

IGBP -- 国際研究計画・機関情報データベース
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/db/info/prg/igbp.htm


つまり、その道のプロが集まった組織が出版した論文集です。どんな人でも書けるわけではなく、エキスパートが書いているのですが、査読はされていないでしょうね。絶対に査読されているという保証はできませんね。


論文集から、というのはたくさんありました。No. 35,No. 62, No. 169, No. 201 などなど。査読されていないとされた論文の多くはこれらのものが占めているようです。


他のタイプでは、No. 77

Brooks, C.E.P., 1922: The Evolution of Climate. [Preface by Simpson, G.C.] Benn Brothers, London, 173 pp.


1922 年出版という、むかーしの単行本です。そりゃ査読されてないでしょ。ちなみに、これは本文中 "Box 6.4: Hemispheric Temperatures in the ‘Medieval Warm Period’" において、中世温暖期の研究史を語る際に参照されています。そういう意味では No. 297, 298 の Lamb の単行本もその扱いです。このあたり、古気候学の古典だと思うんですけどね。歴史を語る上では無視できません。でも、査読なしという意味ではその通り。


No. 116

Cronin, T.M., 1999: Principles of Paleoclimatology. Perspectives in Paleobiology and Earth History. Columbia University Press, New York, NY, 560 pp.


これも単行本。この分野での標準的な教科書なのかな、と思います。IPCC レポート本文中に書くスペースがないことから、古気候再現手法の詳細はこの本を見てねと参照されています。まあ、査読されていないでしょ。


No. 121

Crowley, T.J., 1998: Significance of tectonic boundary conditions for paleoclimate simulations. In: Tectonic Boundary Conditions for Climate Reconstructions [Crowley, T.J., and K.C. Burke (eds.)]. Oxford University Press, New York, pp. 3–17.

ワークショップの収録かな、と想像。reference を見る限り、同じ著者の成果は査読論文として発表されているのではありますが。とはいえ、査読されていないのはその通りですね。査読されてると断言することはできません。


で、本文中でどのように使われているかというと、過去の CO2 の変動を述べる際に、氷期の目印として使われていました。まあ、他の指標でも代用可能で、結論に影響を与えるほどのことはなさそうです。


ワークショップの収録としては、そのほかに No. 262 とかもあげられます。


No. 175

Folland, C.K., et al., 2001: Observed climate variability and change. In: Climate Change 2001: The Scientific Basis. Contribution of Working Group I to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Houghton, J.T. et al. (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 99–181.

これ、何かと申しますと、IPCC の第三次報告書、つまり前回の IPCC レポートの中の一章です。査読されていない?懐疑論者的にはそうなんでしょうね www。過去の IPCC レポートという査読なし文献は、No 240 とか 241 とか目に付きます。


No. 177

Foster, S., 2004: Reconstruction of Solar Irradiance Variations for Use in Studies of Global Climate Change: Application of Recent SOHO Observations with Historic Data from the Greenwich Observatory. Ph.D. Thesis, University of Southampton, Southampton, UK.

博士論文です。査読されていないかといわれると、どうなんでしょうね。まあ、いわゆる一般の査読とは違うのは確かです。そういう意味では、形式的な基準からははずれているのは確かかと。


No. 229

Huang, S.P., and H.N. Pollack, 1998: Global Borehole Temperature Database for Climate Reconstruction. IGBP PAGES/World Data Center-A for Paleoclimatology Data Contribution Series #1998-044, NOAA/NGDC Paleoclimatology Program, Boulder, CO

これ、たぶんデータベースを参照したのでしょう。ウェブにあるデータなり頼んで郵送してもらった DVD-ROM なりに入っていたデータなりを用いたとして、そのデータは普通査読されていない。何を参考文献として引用するかは、データを作った人に指定してもらうわけです。たとえば、以下のページを参考にしてください。


Data Citations -- NOAA/NGDC Paleoclimatology Program
http://www.ncdc.noaa.gov/paleo/citation.html


似たようなタイプの査読なし文献としては、有名な Keeling さんが筆頭著者となっている No. 229 とか。


ということで、全部見るのはうざいのでやめておきますが、WG1 レポート 6 章においては、査読されていない文献には

  • 教科書およびそれに準ずる単行本
  • 古い歴史的な文献
  • データを用いた際の文献
  • 以前の IPCC 評価報告書
  • 論文集の論文、研究会の収録
  • 博士論文


などに分類されることがことがわかりました。教科書などは、その分野で受け入れられている本であるならば別に査読されていなくてもいいはずです。歴史を語るのに査読文献だけを用いるという無駄な制限をかける必要はありません。データの査読なんて、ちょっと訳わかりません。もちろん信頼性は議論されるべきですが、査読というシステムにはなじまない。IPCC の報告書は、自分たちが以前に言っていたことを参照する場合には別にかまわないでしょう。


ということで、以上の文献は査読なしでも問題ないでしょう。


研究会の収録と博士論文くらいですかね、問題があると言えばあるのは。でも、個人的には良い博士論文を排除する必要はないと思います。論文集にしても、そもそも論文集に掲載されるのは、その分野である程度実績のある研究者であることが多いですから、著者を選ぶ段階でフィルタされている、つまり、査読に似たようなことが行われているわけです。もちろん、いわゆる査読論文よりもクォリティの低いものがあったりもするのは確かですが。<追記> げおさんにコメント欄で指摘していただいたとおり、論文集や proceeding でも査読が入っていることは多いです。一概に査読がないとは言えません。


そして、なんといってもこの章で参照された文献の多くは査読論文。この章に関する限り、IPCC の判断は査読論文をベースに行われていると考えて良いと私は言いたい。


査読論文であるか否かよりもクオリティが高いかどうかで判断すべきなのですが、たぶん問題はそこにはない。


ということで次の記事へ。別の作業部会の章についても見てみましょう。