SPEEDI に関するニコニコニュース七尾記者の

記者会見での質問について見てみます。昨日の記事の続きですね。


SPEEDI の結果が公表されることに
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20110503/1304434533


私が気持ち悪く感じた質問について、書いていきます。たまたま七尾さんを例に出して書きますが、気持ち悪い質問をするのは七尾さんに限ったことではなく、多くのマスコミ関係者にいえることです。七尾さんのレベルが低いと言いたいわけではないということは強調しておきたいと思います。


一つ目の記事
まずはこちらのニコニコニュースの記事。

小佐古氏の発言に「SPEEDIでの予測から、すでに実測へと移行している」と細野豪志氏 -- ニコニコニュース
http://news.nicovideo.jp/watch/nw58257


七尾さんは、小佐古さんが、関東、東北全域で SPEEDI の値を公開すべきとしたコメントについて、政府の見解をただします。ですが、そもそも SPEEDI というのはそんなに広い範囲をカバーするようにはできていない。"「SPEEDIで計算できる拡散予測の範囲は一辺92キロまで。したがって、公開しているものがその最大。(福島第1原子力発電所を中心とした92キロの正方形の範囲」" という説明がありました。


これをうけての七尾記者の質問とその回答がこちら。


だが、七尾記者が「(計測する)基点をずらせば、関東や東北全域を計測できるのでは」と問うと、同局 (onkimo 注: 福島原子力発電所事故対策統合本部事務局か) の担当者は、「技術的に可能かどうかわからない」とし、現在の計測範囲で「防護措置が適切であることを示せている」との考えを示した。


まず、"計測する" との意味が不明で気持ち悪い。"基点" という単語も。


SPEEDI がどんなものか予習していれば、この状況で "(計測する)基点" なんて言い回しは出てくるはずはないでしょう。記者会見でこんな質問が出てきたら、私ならちっと舌打ちして、もっと勉強してこい、と言ってしまいそうです。


もちろん政府担当者はそんなことはできないわけですが。


七尾さんの言いたいことは分かります。計算領域を福島周辺から関東、東北を覆う領域に変えてはどうでしょうか、という話でしょう。担当者さんもそう解釈して、「技術的に可能かどうか分からない」と答えました。


私の意見ですが、不可能ですね。いえ、時間があれば可能ではあるのです。


この質問は、たとえて言うなら、ヴィッツを組み立てていたトヨタの工場に、「設計図と機械と部品を持ってくるから、マーチを組み立ててくれ。一週間後に売り出すことができますか?」と問うているようなもの。


これだけの支援があれば、トヨタなら時間をかければ生産ラインを作るのは可能だと思うのですが、一週間と言うのは無理でしょう。仮にできたとしても、そのマーチを一週間後に販売できるとは思わない。


シミュレーションも同じ。時間をかければ可能です。数ヶ月あれば、現在の SPEEDI に近いクォリティのものができるでしょう。ですが、たとえば 1 ヶ月くらいでやるのはかなりつらい。ましてや、予測が本当に必要とされた 10 日程度の間にきちんとしたものを作るのは無理。


設定を変えればモデルを動かすことはできるので、計算機資源さえ確保できれば、シミュレーションをすることだけは可能です。でも、その結果はとても信頼できるものではありません。短時間で作った生産ラインから出てきたマーチを安全性のチェックをせずに販売するようなものですね。


二つ目の記事

SPEEDIは欠陥ソフト「何が起こりうるか想定がないまま作られた」と細野氏 -- ニコニコニュース
http://news.nicovideo.jp/watch/nw59073


こちらで一番気になった発言はこちら。


また、同じく七尾記者から「放出源情報と気象情報のオーバーレイ(重ね合わせ)で(シミュレーションデータを)出すわけだが、放出源情報がなく"仮定の仮定"でやったから信頼性が乏しくなった。そうしたシステムを113億円かけて開発・運用しているというのは適切なのか。また、実測データの掛け合わせもなしにシミュレーションをするというのはかなり大ざっぱなソフトだと思うが、今後、事故検証委員会でSPEEDIのシステムそのものを検証する考えはあるか」…


ここで気持ち悪いのは、「実測データの掛け合わせもなしにシミュレーションをするというのはかなり大ざっぱなソフトだと思うが」という点です。


ソフト、というのは、シミュレーションに使われたモデルのことを指していると思います。以下、モデルについて話します。


考えてみて下さい。良いモデルとは何でしょうか?


正しい入力データを入れれば正しい答えが返ってくる、間違ったデータからは間違った答えが返ってくる、それが良いモデルなのです。


それでは、良いモデルは、正しい入力がない場合は使えないではないか、というと、これがそうでもありません。


たとえば、観測データがある場合。つまり、"正しい答え" が分かるわけですが、そこから "正しい入力データ" を推定することができます。


それに、将来の放射性物質の放出については現時点では分からないわけですが、それを仮定して与え、モデルを動かすことにより、まだ起きていない事故への対策に役立てることができるわけです。このモデルの使い方こそ、まさしくシミュレーションだということは、みなさんおわかりですよね。


正しいデータしか受け付けないようなきまじめなモデルなんて、使い道が限られてしまいます。この意味で SPEEDI で使われるモデルは、七尾さんのおっしゃるところの "おおざっぱ" であるべきなのです。


そのほかにも、"オーバーレイ"とか、WSPEEDI が開発業者のプレゼンレベルであるとか、気持ち悪い発言はたくさんありますが、きりが無いのでこの辺で。


SPEEDI に何を期待すべきか?


ここからは七尾さんにかぎらず一般的な話。


シミュレーションに関して、一つ強調しておきたいことがあります。それは、シミュレーションというのはオーダーメイドであるということ。他に転用するのは難しい。


今回の件に関して言うと、SPEEDI福島原発の周囲を予測するために作られたわけです *1。それを他の場所に転用するのは、かなり大変。できないことはないけど、まともな結果が出てくるとは思わない方がいいでしょう。


また、SPEEDI自治体などの防災担当者のために開発されたもの。それを一般公開に使うというのも、目的外の使われ方になるわけです。もし、一般に公開するためのシミュレーションをする場合は、SPEEDI とは別なモデルを開発すべきだと思います。


七尾記者の SPEEDI に対する批判を見ていると、なんだか、体重 120 kg の巨漢が、体重 50 kg のやせ形の人にスーツを仕立てたテーラーに、「使えない背広ばかり作りやがって、この能なしが」とけなしているように見えるのです。


特定の目的にしか使えないモデルなんて、ソフトウェア的におかしい、とおっしゃる方もいらっしゃると思います。私はそれには賛成できませんが、でも、説得することもできません。哲学の違いなのでね。


代わりに、気候モデルの第一人者、真鍋淑郎さんの箴言を書いておきたいと思います。耳にしただけなので、出典も何もないですし、正確な言い回しも忘れましたが、こんな感じの言葉でした。


"何にでも使えるモデルは、何の役にも立たないモデルだ。"


SPEEDI の何を批判すべきか?


七尾記者を批判するような書き方をしてきましたが、SPEEDI を批判すべきではないと onkimo が考えているかと問われれば、そうでもないです。ただ、きちんと批判すべきだと思います。SPEEDI がやろうとしていることは、日本に必要なことなので。


そもそも、我々が真に必要としているのは何なのでしょうか?


それは、原発から漏れた放射能の害をできるだけ避けることです。これが究極の目的です。


それでは、SPEEDI が究極の目的のために役立ったのか?


原子炉が爆発したわけではないので、役に立つ場面があったとは思いません。だから、直接役に立ったかどうかというのを議論するのは、あんまり建設的ではないと思います。


どのように情報が流れて、それが自治体の防災担当者にどのように利用されたか、検証されるべきでしょう。どのような情報が流されて、誰がその情報を受け取って、どのような施策が立案されたかをまとめる必要があると思います。


もう少し大きな目で批判的に検証する必要もありそうです。SPEEDI に入れるべきデータを取り込めなかった。これではいかにモデルが良くても、手も足も出ません。七尾さんも SPEEDI のシステムそのものを検証すべきでは、と質問されていましたが、まったくその通りで、モデルというソフトを批判するよりは、放射性物質の観測からアウトプットまでの一連の流れを見直し、危機時に不可避的に発生するであろう様々な障害に強い、ロバストなシステムになるよう、建設的な批判をしてほしいと思います。*2



あと、費用ですね。七尾記者の指摘が正しいなら、SPEEDI には 113 億円かかっているそうで、開発期間が長いことを考えても、これはかなりの金額だと思います。これだけの金をかけたのなら、もっと良いシステムができたのではないか、そういう視点からの批判はありだと思います。まあ、この手の批判は後知恵になるので建設的にやるのは難しいですが。


最後に


改めて。SPEEDI のようなシステムは、原発とともに過ごす日本には必要です。ですから、建設的な批判が何よりも重要なのです。


マスメディアの報道を見ていると、SPEEDI の結果が公開されなかったことがもっぱら問題視されています。


でも、それが本当の問題ですか?


本当に批判されるべきことが批判されていないのではないか。検証されるべきことが検証されていないのではないか。


これが私の懸念です。


この先、SPEEDI について、政府が検証すると思います。でも、それだけでは足りません。第三者であるマスコミが批判と検証を行ってほしい。


公開されなかったことを批判するのは楽です。何の準備も要りませんからね。そして、受けも良い。


でも、建設的な批判をするのは、地味な作業ですし、それなりの努力が必要です。


しかし、その努力をしてほしい。それが、社会の木鐸であるマスコミの、本来やるべきことではないでしょうか。

*1:WSPEEDI というのもありますが、ここでは取り扱いません

*2:5/6 追記: 逆に、危機時に使えなくなった観測点のデータを、SPEEDI を用いて推定することも可能です。もちろん、すでにそのような使い方をされていると思いますが。SPEEDI でシステムをよりロバストにするという使い方も可能なのです。