スベンスマルクの本が翻訳されました。

それについて、finalvent さんが書評を書かれています。

[書評]“不機嫌な”太陽 気候変動のもうひとつのシナリオ(H・スベンスマルク、N・コールダー)-- 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/03/post-4aa8.html


内容は、多くの部分には同意できます。気象学の中でのスベンスマルクの重要性を過大評価しているとは思いますが、まあでもこの本の書評だということならそうなるのも当然でしょう。ざんねんながらこの本はまだ読んでいませんが、これまで読んだスベンスマルクの文献を考えるに、面白い本であることは想像できます。合っているか間違っているかの問題はありますが、科学的な刺激に満ちあふれていることに関してはあまり疑っていません。


なお、この本に対する温暖化研究者側からの意見としては、増田耕一さんが以前英語版についての書評を書かれていました。

気候変化は宇宙線がつくる(と著者は主張する) / Chilling Stars (Svensmark & Calder)
http://macroscope.world.coocan.jp/ja/reading/svensmark_calder.html

ちょっと批判的な立場からの意見。是非 finalvent さんの記事と読み比べてみてください。


私自身はスベンスマルクの説について、ブログ本体の方でシリーズ記事を書いています。長いですが。


みんな大好きスベンスマルク
http://blog95.fc2.com/onkimo/?tag=%B5%AD%BB%F6:%A4%DF%A4%F3%A4%CA%C2%E7%B9%A5%A4%AD%A5%B9%A5%D9%A5%F3%A5%B9%A5%DE%A5%EB%A5%AF


で、本の素晴らしさ、スベンスマルクの素晴らしさは finalvent さんが語っておられるので私は特に言うことはないですし、そもそも読んでいないのでなんとも言えません。書評の中身に温暖化懐疑論がらみのコメントを。


現在、日本で出回っているスベンスマルク説ベースの懐疑論は、実は、雲のできかたを霧箱と同じと説明してしまっている「なんちゃってスベンスマルク懐疑論」(以下、なんスベ論)なのです。このあたりのことは、

みんな大好きスベンスマルク (8) ホントに知ってる?スベンスマルク
http://onkimo.blog95.fc2.com/blog-entry-78.html

にやや詳しく書きました。


なんスベ論への反論を、finalvent さんは "稚拙な反論" とおっしゃいます。そうではなくて、なんスベ論が稚拙なのです。そして、


なんスベ論が出回っている責任は、第一義的にはなんスベ論で温暖化懐疑論を展開している懐疑論者に帰せられるべき


だと声を大にして主張したい。


たとえば、名古屋大学の資料では、霧箱を連想させる記述があります *1。また、松浦晋也さんも霧箱って言っちゃっています *2。ただ、なんスベ論が一般に広まってしまったのは、丸山さんがやらかしたからではないか、と思っています *3


wikipedia も、finalvent さんのご指摘どおり話が錯綜しているし拙速感があるけど、スベンスマルク論支持者が是非とも修正してほしいものです。


だって、おかしいでしょう。ある説を間違って紹介している人がいて、その間違って紹介された説にたいして批判が加えられたとき、批判をした人が非難される、っていうのは。


相手が主張していないことに対して批判を加えることを「ストローマン」といいます。finalvent さんは、批判側がストローマンをやっていると暗に言っているわけですが、決してそうではありません。


なんスベ論が広まっている理由は、たぶん、気象学のことについて深い知識を持ったスベンスマルク説研究者がほとんどいないということを意味しているのだと思います。スベンスマルク説研究者は非常に少なく、そのバックグラウンドは高エネルギー物理学という、ある意味、物理学の本流を歩んでいる人達や、そのほか、重要な業績をあげている人たち、決して能力が足りないはずはありません。ただ、気象学のことをあまり勉強していないだけなのだと思います。


もうひとつ、この霧箱的な説明がなければ、スベンスマルク説はここまで広まってなかっただろうな、とも思います。まじめに雲の生成メカニズムをおさえて説明したら、多くの人は聞いている途中で飽きるでしょう。「ああ、霧箱ね」と納得できたおかげで広まったのだと思います。


なんスベ論に対する反論はともかく、スベンスマルク理論にはたくさんの稚拙ではない反論があります。それに関する記事 (反論自体ではなく、反論を紹介した記事。こちらの方が読みやすいと思うので) を一応。


太陽活動が弱くなっている?——温暖化への影響は(09/05/27) -- 温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!(江守正多) -- Nikkei Ecolomy
http://eco.nikkei.co.jp/column/emori_seita/article.aspx?id=MMECza000020052009

Still not convincing -- RealClimate
http://www.realclimate.org/index.php/archives/2009/08/still-not-convincing/

Why the continued interest? -- RealClimate
http://www.realclimate.org/index.php/archives/2009/10/why-the-continued-interest/

More on sun-climate relations -- RealClimate
http://www.realclimate.org/index.php/archives/2010/03/more-on-sun-climate-relations/


スベンスマルク説は提唱されてから 10 年以上になるわけですが、気象学の中では盛り上がっていないな、というのが個人的な印象です。懐疑論で騒がれていなければ、マイナーで説得力の弱い、しかし、否定はされていない理論として扱われていたことでしょう。そんな理論はいっぱいあるわけで、その中の one of them でしかなかったはずです。まあ、宇宙とつながっているので壮大さがあるのは確かですが。


気象学以外ではどうなのかな?CERN の CLOUD 実験の結果待ちでしょうか?今年からデータが出始めるそうなので、盛り上がりを楽しみにしましょう。


Svensmark の本や finalvent さんのコメントにいろいろ思うことはあるのですが、書いていると大変長くなってしまい、まとまりがつかなくなりました。あとで追記したり、新しい記事をあげたりするかもしれません。まあ、だいたい本体の方のシリーズ記事で書いたのですが、いろいろと書ききれなかったことがいまだに心にうずいているんですよね。

*1:http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/naze/cosmicray/cosmicray-all.pdf の 47 番目の質問。ste研を懐疑論者というのはなんですが。

*2: http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20080916/1007987/?P=1 スペンスマルクの壮大な仮説と、銀河系の中に生きる我々 -- 松浦晋也「人と技術と情報の界面を探る」。まあ、松浦さんを懐疑論者というのもちょっとなんですが。

*3:今手元に資料がないので確たることは言えないが…。状況証拠としては、たとえばこちらのブログ記事 http://blog.atake-i.com/?eid=1010183