最近、finalvent さんが

温暖化における黒色炭素の影響について記事を書いていらっしゃるのをよく目にします。昨日もこちらの記事を書かれていました。


[書評]「CO2・25%削減」で日本人の年収は半減する(武田邦彦)-- 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/02/co225-a758.html


私としては、武田邦彦さんの御著書を扱った記事の本題も大変興味深いのですが、そこはおいておいて、こちらの記述。


関連した余談になるが、IPCC気候変動に関する政府間パネル:Intergovernmental Panel on Climate Change)は、第4次評価報告書(Fourth Assessment Report)記載の「ヒマラヤ氷河が2035年までに消滅する」という予測がまったくのでたらめであることを認めて最近謝罪したが(参照)、実際にその地域の問題に、「黒色炭素(Black Carbon:ブラックカーボン)の地球温暖化効果: 極東ブログ」(参照)で言及したブラックカーボンが関与しているという話題(参照)については、ほとんど日本国内報道では言及を見ない。そもそもブラックカーボンの言及すら少ない。ちなみに、本書でもブラックカーボンについての言及はない。


黒色炭素について日本国内でほとんど報道を見ない、ということですが、今のところ当然かなと思います。まあ、いろいろ論じる前に finalvent さんの黒色炭素問題でのスタンスを確認しておきましょう。


finalvent さんが黒色炭素について語り始めたのは、上の引用中からも参照しているこちらの記事です。


黒色炭素(Black Carbon:ブラックカーボン)の地球温暖化効果 -- 極東ブログ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/12/black-carbon-e0.html


NASA によると、温室効果ガスの中で一番影響が大きいのは CO2 で 43% 、次にメタンガス 27 %、黒色炭素 12% となっているそうです。


で、最近 (2008 年)、エアロゾル研究の第一人者の一人、ラマナサン *1 が、黒色炭素の影響は従来の見積もりよりも二倍ほど大きい、ということを発見し、Nature Geoscience の総説論文の中に書きました発表しました。ラマナサンによると、黒色炭素 1 t は CO2 2000~3000 t に匹敵する、ということです。


黒色炭素のかなりの割合はインドや中国から発生していること、一方で日本が先進的な取り組みで黒色炭素の削減に成功していることから、finalvent さんは次のように結論します。


黒色炭素低減は今後日本でも注目されるだろう。日本が今後CO2を25%削減するという鳩山イニシアティブは、国民生活への経済負担が大きい割に、実際に達成できるのかすら疑問視されているが、現実の地球温暖化を遅延させるということを第一の目標とするなら、黒色炭素低減が打開策になる。一案に過ぎないが、日本が率先して黒色炭素による温室効果二酸化炭素のそれと交換レートを策定し、中国やインドなど途上国の黒色炭素排出低減技術・装置の提供で相殺してはどうだろうか。それが可能なら、鳩山イニシアティブはおそらく比較的容易に達成できるだろう。


最初に言っておきますが、25 % の削減目標*2を達成するためには、ありとあらゆる手を使うべきだと私は思っています。ただ、ありとあらゆる手、とはいえ、実際に地球温暖化の防止もしくは緩和につながるものでなければ、すくなくとも自分でそう思っているものでなければ、そして、そうだと世界を説得できるものでなければなりません。


そこで黒色炭素についてですが、25% 削減目標と黒色炭素を組み合わせるのは難しいかな、と私は思います。


その理由は、黒色炭素と CO2 の大気中の滞留時間が違うことです。排出された CO2 が何百年も気候システムの中に残り続けるのに対し、黒色炭素のようなエアロゾルは比較的早く、たとえば 1 ヶ月位の時間で取り除かれます。


どういうことか?CO2 の排出量と黒色炭素の排出量が今後増えも減りもしなかった場合、空気中に含まれる CO2 の量は増え続けるのに対し、黒色炭素の量は変わらないのです。つまり、CO2 による温室効果は強まっていくのに対し、黒色炭素のそれは変化しないのです。今は黒色炭素が12% やそれ以上と、温室効果の中でそれなりに大きな割合を占めていますが、100 年後にはこの割合は大きく減ってしまいます。黒色炭素の排出量を減らしても、未来の温暖化を緩和するのには力不足。


ですから、黒色炭素を減らすことは、CO2 を減らすことの代替にはなりません。ラマナサンもそう言っています。


総額150億ドル、安価に地球温暖化を遅らせる方法 -- WIRED VISION
http://wiredvision.jp/news/200912/2009122221.html


CO2の排出は今後何百年間にもっと大きな影響を及ぼしうるので、黒色炭素の除去はCO2排出の制御に代わるものではない、とRamanathan氏は警告するが、同氏はその一方で、黒色炭素を半減させれば、深刻な地球温暖化の始まりを10〜20年遅らせることができると推定している。
(下線は onkimo による)


鳩山イニシアチブにおける 25% の削減目標に黒色炭素を絡めようと思ったら、もっと別な"トリック"を考える必要があると思います。何かアイデアがあればいいのですが。


あと、エアロゾルは、たとえば CO2 の温室効果などに比べてつかみ所がないものなので、ラマナサンの意見を過度に重要視するのはいかがなものかと思います。いくらエアロゾルの第一人者の書いたことで結果で、査読論文になっているあるからと言ってもね*3。今後、別な研究結果が出てくることも普通にあり得るので。


finalvent さんは、日本では黒色炭素があまり取り上げられていない、とおっしゃいます。エアロゾルの温暖化における役割を考えると、私はそれでいいと思います。全く取り上げられていないわけではなく、科学解説記事などでは見るので、それで十分ではないでしょうか。


個人的には、黒色炭素の削減が地球全体の温暖化の文脈で、当面はこれ以上の重要性を持つようになるとは思えません*4finalvent さんはそう思っていないようですが。


果たしてどうなるでしょうか? 今後も見守っていきたいと思います。

*1:finalvent さんは Ramanathan をラマナタンと書いており、そちらの方が発音は正確なのかも知れませんが、普段ラマナサンと書いているのでこちらで行きます

*2:いまや鳩山政権がどうなるかがよくわからないので、この削減目標の扱いがどうなるのかはよくわかりませんが

*3:ラマナサンの論文は総説論文でした。ですので、ちょっとニュアンスが変わります。mokkei1978 さんのコメントをご覧ください。

*4:wired vision の記事を見るに、地域的な水循環などの文脈では意味を持つかも知れません