江守さんが今回の IPCC WG2 報告書の

騒動について早速コメントされていました。


IPCCへのさらなる疑問について・ヒマラヤ氷河問題とクライメートゲート続々報(10/01/27) -- 温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!(江守正多) -- NIKKEI NET 日経Ecolomy:連載コラム
http://eco.nikkei.co.jp/column/emori_seita/article.aspx?id=MMECza000025012010


こちらに関しては、少し前に記事で書いたのですが…


またまた IPCC 叩かれていますね。
http://d.hatena.ne.jp/onkimo/20100126/1264497983


さすがに IPCC レポート執筆者である江守さんの記事は内容が濃く、レポートに深く関わっている人にしか書けないなと思いました。


で、ちょっと思ったことですが。今回の事件の本質からは少し外れるかも知れませんが…。


江守さんによると

IPCC報告書では、原則として「査読付き論文」を引用する必要がありますが、地域的なデータなどどうしても必要なものであれば、査読を受けていない報告書などを引用することができます。実際、この第2作業部会第10章のように地域ごとの温暖化影響を記述する章は、利用できる査読付き論文が限られているため、査読無しの文献の引用が多くなる傾向があります。


だそうです。


私は先の記事で、WWF のレポートなんていう当てにならない文献からヒマラヤ氷河の話を引用したことを批判しましたが、話はもう少し複雑でした。


まあ、江守さんによると しかし、今回問題になっている引用は、そのようなケースに当てはまるとも思えません ということなので、私の批判は必ずしも的外れではないのかも知れません。とにかく、この下で書くことは、ヒマラヤ氷河のことではなく一般的な話だと思ってください。


気候の研究、温暖化の研究は先進諸国に非常に偏っています。経済の世界では南北問題というのがあるわけですが、温暖化研究の世界ではそれよりもずっとひどい南北問題があります。


そもそも、気候の研究というのはある種の贅沢で、金がかかる割には経済的な見返りが少なかったわけです (これからはどうかわかりませんが)。


ええ、とっても金がかかるんですよ。スパコンをあつらえたり、観測船や衛星を仕立てたり。多数の気候学関係のドクターをそろえるのも大変です。


贅沢品であることから、経済格差が何倍にも拡大されて研究の質と量に現れてきます。IPCC のレポートにも、それがみられます。


一つの例として、第四次報告書に参加した温暖化シミュレーションを見てみましょう。IPCC の報告書に貢献するためにはいくつかの手続きが必要です。ある条件、ある定められた期間のシミュレーションをいくつか行って、まあ、いわば規定演技を行って、その結果を相互比較できるように公開する必要があります。この規定演技がかなり大変なわけですが、それでも全部で 23 のシミュレーションが実行されており、IPCC はおもにそれらの結果を用いて将来の予測をしているわけです。


さて、その 23 の国別の内訳は、


中国 2
韓国 1
日本 3

        • -

ノルウェイ 1
フランス 2
ドイツ 2
ロシア 1
イギリス 2

        • -

アメリカ 7
カナダ 2

        • -

オーストラリア 1


*1


となっています。どうでしょうか。南北問題が感じられますか?南半球からは一つしか参加していません。アフリカ、中南米の国はありません。アジアでも東アジアの国しかなく、今回問題になったインドなどの南アジアの国や、東南アジア、アラブ諸国はいずれも結果を提供していません。ここでは数だけカウントしましたが、結果のクオリティとなると、米英など、旧西側先進国の大国がさらに優位に立つのではないのでしょうか (この辺、あまり詳しくなくてうまく説明できないですが…。なお、地球シミュレータを使えた日本はかなりがんばっているはずです)。


シミュレーションによる研究に限らず、研究の質量共に先進国が途上国を凌駕しています。発展途上国が自らの意志を IPCC に反映させることは非常に難しいと思います。この点において、IPCC は先進国の意志を押しつける機関である、という陰謀論者の言うことは、ある種の説得力を持っています。


今回の問題に関連して言うと、今後 IPCC レポートに書き込む事実について、より厳しいハードルがもうけられることになるでしょう。すると、発展途上国における温暖化の影響について、IPCC レポートで議論しにくくなる可能性があります。どうしても質の良い研究は少なくなってしまいますから。


結局、発展途上国における温暖化問題は先進国の研究がカバーすることになるわけですが、それで本当にいいのでしょうかね?IPCC のレポートが、先進国の問題意識で行われた研究で、発展途上国の問題意識は大して顧みられない。それは、発展途上国のためにとっていいのか。いや、先進国のためにだっていいのかどうか。温暖化問題は地球全体の問題ですから。


もちろん、だからといって、レベルの低い研究が IPCC のレポートに掲載されるのが良いとは思えません。


一度、とある発展途上国の研究者の方と話したことがあります。彼は、自分の国で行われた研究が IPCC レポートにあまり載っていないことに、強い危機感を抱いていました。もし日本が発展途上国だったとしたら、と思うと、彼の気持ちはよくわかりました。


どうするべきなのでしょう。私にはよくわかりません。わかったとしても何ができるわけでもないのですが。


江守さんの文章を読んで、そんなことを考えました。

*1:以上はIPCC AR4 第 8 章、Climate Models and Their Evaluation http://ipcc-wg1.ucar.edu/wg1/Report/AR4WG1_Print_Ch08.pdf の表 8.1 をカウント。数が 24 あるのは、韓国とドイツの共同研究があるから