シュピーゲルの記事を読みました。
英語版はこちら。
A Superstorm for Global Warming Research -- Der Spiegel online
http://www.spiegel.de/international/world/0,1518,687259,00.html
日経新聞の池辺豊さんが、学術会議のシンポジウムで、クライメイトゲート事件のよいまとめだと紹介されていたので、そのうち読もうと思っていたものです。いえ、実際に読んだのは日本語訳なのですが。
地球温暖化研究を襲った超大型暴風雨
http://www.21ppi.org/pdf/sawa/100427.pdf
この記事、日経 ecolomy のこちらの記事で紹介されていました。翻訳を担当された経団連、21世紀政策研究所の研究主幹である澤昭裕さんが書かれています。
クライメイトゲートから何を学ぶか独シュピーゲル誌の調査報道を読む -- 澤昭裕の『不都合な環境政策』 -- ECO JAPAN
http://eco.nikkeibp.co.jp/em/column/sawa/13/index.shtml
シュピーゲル記事、ある種の「中立な」報道の典型だと思います。内容を見ていきましょう。全部紹介はできないので、特に印象に残ったところを。
出だしは、クライメイトゲート事件の標的となった Phil Jones の悲しい現状が紹介されています。
フィル・ジョーンズ(Phil Jones)氏は人生「どん底」状態。たった数か月前まで、誰もが羨望の眼差しで見つめる評判を誇っていた。イングランドのノーウィッチにあるイースト・アングリア大学(University of East Anglia)の気候研究ユニット(CRU: Climate Research Unit)を率いる、この分野の第一人者であり、地球の気温が人為的な地球温暖化によって 上昇していることが一目でわかる衝撃的な世界の気温の温度曲線の生みの父でもある。
しかし、その輝かしい日々は過ぎ去ってしまった。
最近では、ハッキングされたCRUの電子メールがきっかけとなったクライメートゲート(Climategate)事件の渦中にあり、睡眠薬なしで眠れない。胸部の圧迫感が絶えず、一日を乗り切るためにβ遮断薬を飲んでいる。やつれて、肌も青白くなってしまい、57歳とは思えない風貌に変わり果てた。気がつけば、まるで高速道路で追突事故に遭ったかのように降って湧いた研究スキャンダルの中心人物になっていた。
うひゃー、なんだか最悪の人生ですね。一方で、ホッケースティック事件でよく聞くお名前、Steve McIntyre 。勝利者として扱われています。
フィル・ジョーンズ氏とその同僚が次から次へと間違いを認めさせられている様を、特に満足げに注目する一人の男性がいる。トロント市の中心部に近い煉瓦造りの家に住むスティーブ・マッキンタイアー(Steve McIntyre)氏。日曜日の午後、天井からぶら下がる省エネ型の電球たった1つだけをつけ、使い古した机に向かう。
白髪も薄くなったこの男性は、気候学者の対抗者には似つかわしくないものの、現在の気候騒動には大きく寄与している。「再計算をするのに使ったのはこのパソコン。」と言って持ち上げるのは6年も使っているエイサー社のラップトップ。ハードドライブは40ギガバイト。「妻がついにクリスマスに新しいのを買ってくれた。」
このラップトップは、フィル・ジョーンズをはじめとする地球温暖化の提唱者が駆使するスーパーコンピュータとは極めて対照的である。彼らのコンピューターは一つのフロア全体に広がり、ギガバイトどころかペタバイトで作動する。このカナダ人研究者があのような自信に充ち溢れた科学者集団を膝まづかせたのは何だったのか。
すべては彼の3人の子どもたちが大学に進学し、全員がアジアの骨とう品で飾られた実家を出た頃に遡る。「当時、市況があまりよくなくて。」とマッキニンタイアーは話す。「それで、気候学者がどうやって温度曲線を導き出しているのか6カ月にわたって考察することにした。」
Phil Jones との対比。かたや敗残者、かたや英雄なわけです。
この中では巧妙な書き方が見られます。
このラップトップは、フィル・ジョーンズをはじめとする地球温暖化の提唱者が駆使するスーパーコンピュータとは極めて対照的である。彼らのコンピューターは一つのフロア全体に広がり、ギガバイトどころかペタバイトで作動する。
Phil Jones はたぶんスパコンは使っていないぞ。ホッケースティックあたりの話だと 1990 年代中頃のサーバなりワークステーションなりでやっているはず。それだと2000 年代半ばの Acer の PC とそんなに性能の差がないんじゃないのかな?
スパコンを使う人たちは別にいて、それはシミュレーションをする人たち。McIntyre の比較対象を、 Phil Jones からすり替えています。
さて、科学の勝利者とはなにか。それは、自分の科学的な成果が多くの人に受け入れられるかどうかでしょう。ここで、多くの人というのは、何も知らない人ではなくて、Phil Jones と McIntyre のケースでは、古気候を研究している科学者達ということです。
今のところ、どちらが勝利者に近いかというと、Phil Jones ですね。というのも、彼の研究が否定されたわけでもなく、これまでに連綿と出版されている学術論文が支持しているのは、McIntyre の結果と言うよりも Phil Jones の結果であるわけです。
まあ、将来はわかりませんが。あと、シュピーゲルのジャーナリスティックな価値観では McIntyre が勝利者に近いところにいると思いますが。あと、ややこしいことに、シュピーゲルは McIntyre が科学の勝利者だとは書いていないんですよね、あとでちょっと触れますが。
海面上昇の話も書いています。これがまたなんとも。
25年前、気候学者はこのような恐ろしいビジョンで市民の関心をつかんだ。当時、気候学者はもし温室効果が地球上のすべての氷を解かせば海面が60メートル(197フィート) 以上上昇すると計算していた。
A quarter of a century ago, climatologists grabbed the public's attention with such horrific visions. At the time, the experts calculated that the sea level would rise by more than 60 meters (197 feet) if the greenhouse effect caused all of the Earth's ice to melt.
これなんですが、今でも「気候学者はもし温室効果が地球上のすべての氷を解かせば海面が60メートル(197フィート) 以上上昇する」と言うと思います。だって、南極とグリーンランドの氷は当時もいまも、すべて溶かせば海面を 60 m 以上上昇させるだけの量が存在するわけですから。
「温室効果が」であって「(人為起源の)地球温暖化が」ではないところが ("greenhouse effect" であって "(anthropogenic) global warming" でないところが) ミソですね。
記事では、その後に
今日ではそのような悪夢のシナリオを語る者は誰もいない。現在北極圏の氷床がすべて解けることを想定するシミュレーションはない。一方、今世紀の終わりのころには海岸沿いの海面が大幅に上昇していることを疑う氷河学者もいない。では、正確にどれくらい上昇するのか?予測の幅は、18センチ(7インチ)から1メートル90センチ(6フィート3インチ)までである。
と書かれています。60 m と 0.18 m 〜 1.9 m を鮮やかに対比させていますが、だからといって、さっきも書いたように 25 年前に気候学者が言ったことは別に反故にされてはいないはず。そもそも、25 年前に、「今世紀末には地球上の氷がすべて解ける」と言った気候学者はいたのだろうか?
このシュピーゲル誌記事の特徴は、非常に慎重に書かれていることにあります。たとえば、
(8 ページ)マッキンタイアー氏は、気候変動そのものを疑っているわけではない、と主張する。
(10 ページ)ウェブスター氏は、このような矛盾はジョーンズ曲線 (onkimo 注、ホッケースティック曲線のこと) の説得力を全面的に弱めるほどのものではないと考える。
と、よくよく読んでみると、地球温暖化を否定していません。
また、こんな文言もあります。
巨大な不確実性あるにもかかわらず、少なくとも一点について合意が取れている。地球温暖化はもはや止めることはできない、ということだ。
Despite the enormous uncertainties, there is agreement on at least one issue: Global warming can no longer be stopped.
つまり、climategate 事件とそれにまつわる数々のことが、地球が温暖化しているという気候学者達の認識を覆さないことをきちんとわきまえて書いているのです。
大変巧妙な書き方です。あれだけ疑いを差し挟むような記述の後で、地球温暖化自体は認めているのです。しかしながら、認めつつも温暖化対策の意義を減じる文言を挟む。
一体、何のためにクライメイトゲート事件を詳細に書いてきたのか?この文章が入ることによって、論理的には「クライメイトゲート事件はあったものの、地球温暖化という事実は覆らないよ」と読めるわけですが、実際の記事を読んでみると、まったくそんな印象を受けません。
それよりは、温暖化対策の意義を減じる役割の方が勝っている。
この記事は是非いろいろな人に読んで頂きたい。その際に注意して頂きたいのは、この記事が何を否定しようとしているのか、そして、実際に何を否定している、もしくは否定できているのか、という点です。
一流の?ジャーナリストが書いているわけですから、記事があなたに与える読後感は、たぶん著者の想定の範囲のはず。つまり、そのような意図を持ってこの「中立的な」記事は書かれています。
しかし、一方で、嘘をついている、とか、大げさ、といった批判を受けないような書き方をしています。言い回しへの微妙な心配りが見えて、実に興味深い。
かなりエモーショナルな記事の書き方で、うかつに読むとそれに流されてしまいます。一方で、論理に着目して読んでみると、違う読後感を得られます。
ある種のジャーナリズムの頂点を見た気がします。
もう少し話したいことがあるのですが、次の記事で。